恋に落ちる
両親が亡くなり、エルダーが若く、いや、幼くして(何せ、成人前の十四歳だ)国王となった時のこと。
叔父であり王族となったシランが、一枚の絵姿を持って執務室へとやってきた。
「……結婚? 私が?」
「ああ。フォームからも、国内のご令嬢を紹介されていると思うけどね」
その言い方だと、絵姿の女性はディアスキア人ではないのだろうか──そう思えたのは、絵姿を見るまでだった。絵姿を見た瞬間、そこに描かれた女性、いや、少女の可憐さに目を奪われたからだ。
新雪を思わせる銀の髪と、深緑の瞳。微笑みを浮かべた、薔薇色の唇。
エルダーと同じか、一、二歳上だろうか? ディアスキアよりも露出の少ないドレスは、だからこそより彼女を気高く見える。それこそ、物語に出てくる深窓の姫君のような──そうエルダーが思った瞬間、シランが思いがけないことを口にした。
「その姫君は、ルナリア・ターサ・リアトリス。リアトリス皇国の皇女殿下だ」
「は!?」
「もっとも、皇位はすでに兄君が継いでいるから……皇女殿下は、皇国の家臣の家に降嫁するのが一般的なんだけどね。乱世ならともかく、元はディアスキアも家臣だった大将軍が興した国だし? ならば、両国の友好の証として、我が国に嫁いでも良いだろう?」
にこにこ、にこにこ。
笑顔で話しかけてくるシランのことを、宰相であるディサが「どうも本心が読み難い」とこぼしていた。
普段、あまり愚痴や不満を言わない相手なので驚いたが、どうやらシランはわざとディサを怒らせているような気がする。それこそディサの本心や、どこまでやれば彼が怒るかを確かめる為に。
(と言うか、叔父上はディサにだけじゃなく私や、父上達にもそういう試し行動をするけれど……他人を巻き込んで、その者を悲しませることはしない)
そう、だからエルダーに婚姻の話を持ち込んだのは、ディサに対抗したり彼に対しての嫌がらせではない。しかしだとしたら何故、唐突に皇族の姫君との話を持ちかけてきたのだろう?
疑問を眼差しに込めて、執務室の椅子に腰かけていたのでシランを見上げる。しばし、琥珀色の瞳と見つめ合うと──やがて、観念したと言うように両手を挙げてシランが答えた。
「……実は、リアトリスに想い人がいてね」
「えっ!?」
「あ、勿論、皇女殿下ではないよ? 平民なんだ。ただ家庭教師な上、ディアスキア語が堪能らしいから皇女殿下との婚姻の話が進めば皇宮に招かれて、足を運んだ時に会える可能性があるなと……」
そこで一旦、言葉を切るとシランはエルダーの顔を覗き込んで、話の先を続けた。
「とは言え、お前にその気がなかったり、逆に皇女殿下が気乗りしなければ無理強いはしないよ。元々、兄上の事故がなければ、彼女が成人になった時に求婚しに行くつもりだったしね」
「そうなんですか!? え、だって叔父上、色んな女性と噂が」
「ああ、知っていたのか……あくまでも噂だし、フォームの申し出を断る口実になるからね」
「…………」
あっさりととんでもないことを言うシランに、エルダーは絶句した。と言うか、独身だから黙認していたが、恋多き男性と思っていた叔父が、実は一人の女性を一途に想っていたなんて。
(恋……恋、かぁ)
すごい、と子供のような感想を抱いたエルダーは、次いでもう一度、ルナリア姫の絵姿へと目をやった。
……ディサにもこうして絵姿を渡されたり、何なら直接、お茶会などで令嬢達と会ったり、話をしたりしたことがある。だがその時には先程、ルナリア姫の絵姿を見た時のように目を、心を奪われたことはなかった。
(恋ってするものじゃなく、落ちるものって本当なんだな)
しみじみとそう思うとエルダーは顔を上げ、真っ直にシランを見つめて言った。
「ルナリア皇女殿下に、求婚したいと思います……叔父上、私の名代としてリアトリス皇国に赴いて、伝えてくれませんか?」
コミカライズ第六話を拝見しながら、ルナリア姫みたいにエルダーも相手の絵姿を見てるよなと。あと後出しジャンケンですが、シランがミナのことを話していたら…と、妄想。
漫画のエルダーとルナリアは本当に可愛くて可愛くて、読んでいてほっこりします( *´艸`)




