現実(リアル)は色々とすごいです
私がしみじみと思っていると、ふと目の前のシラン様の表情が曇りました。
「……君は?」
「えっ?」
「私は、君への気持ちを伝えたけれど……君は、私のことをどう思っている?」
手は握られたままですし、私が赤面しているのは見られています。
います、が――言われて初めて、私はシラン様に返事をしていなかったことに気づきました。そう言えば以前、襲撃後に気持ちを伝えられた時も結局、スルーしたままです。
(うわ……っ)
言い訳になりますが、シラン様への気持ちは憧れやキャラ萌えだと思い込んでいたので、ずっと他人事と言うか、それこそ物語のように捉えていました。まあ、元々、異世界に転生したこと自体にツッコミばかりしていましたけどね。
(だけど)
握られた手から伝わるぬくもりや、間近で不安げに揺れながらも逸らされない琥珀色の瞳は、紛れもなく現実で。
「……好きっ、です」
短い、それでも、確実に伝わるだろう言葉。
前世でも現世でも、父親以外に初めてそう伝えると――シラン様は目を見張り、次いで嬉しそうに笑って私を抱きしめました。
……密着に、顔だけではなく全身、血が沸騰して熱くなったのに驚いて、思わずシラン様の腕の中でもがいてしまったのは、我ながら残念でしたけどね?
※
こうして私は、隣国の留学生から王弟・シラン様の婚約者にジョブチェンジとなりました。
とは言え、婚姻は先になります。まずルナリア様達の婚儀が先なのと、仮にも王弟に嫁ぐのですから花嫁教育を受ける為。あと成人済とは言え、やはり父には事前に報告したかったからです。
ちなみに手紙を送ったら「弟に居場所を知られたくないから、そちらに行く」と返事が来ました。来週、ディアスキアに来てくれることになっています。
「十年待ったんだし、こうして君がいてくれるなら、あと半年くらいは待てるよ」
「……あの、それは結構、ハードスケジュールではないですか?」
「無問題。少なくとも花嫁教育は、随分クリアしてるしね」
とりあえず朝食は部屋ではなく、シラン様と一緒に食べるようになりました。
口調は変えていませんが、前世のことが知られていると解ってからは、こうして二人きりだと異世界の言葉を使うことがあります。ある程度は通じますし、シラン様もお母様からの日記で覚えたという言葉を使うことがあります。そう、たとえばこんな風に。
「ミナ。『月が綺麗だね』」
飲んでいた紅茶のカップを置いたところで、シラン様は言いました。
前世で、夏目漱石が『愛してる』という意味の英語を『月が綺麗ですね』と訳したという逸話があります。
「今、朝ですよ?」
……知らないフリをしようとしましたが、頬が熱くなったのとシラン様が琥珀色の瞳を笑みに細めたところを見ると、全く隠せなかったようです。
のんびり更新でしたが、ひとまずこれにて完結です。ここまでのお付き合い、ありがとうございました。




