二人の作戦勝ち
「君が私について、色々と考えてくれたように……君のことを知ってから、ずっと君のことを考えていた」
「……私は、そんな大層な人間じゃあ」
「謙遜しなくても……教会にその知識を与えたおかげで、富裕層や教会関係者だけではなく、平民も恩恵を受けたのだから」
「そこまで、考えては……教会の司祭様にお世話になったので、お礼代わりに教えただけです」
何だか褒められすぎて、褒め殺しにあっているような気がしてきました。
だから、と反論しましたがシラン様の話は止まりません。
「そう、教えた『だけ』で……多少はお礼もあったようだが、君は儲けた分をほとんど受け取っていないのだろう? それこそ、その気になれば働かなくても暮らせるだろうに」
「シラン様もご存知の通り、私のではなく異世界の知識です。それで報酬を受け取る訳には……あと、学んで働くことが好きなんです」
「そんな風に謙虚で、でも気丈なところも好きなんだ」
「……いつから、ですか?」
リアトリスで会う前から、知られていたとは思っていましたが――今の話だと、私が思っていたよりもずっと前からのような気がします。そして聞くのが怖い気もしますが、聞かないのも怖い気がします。
それ故、覚悟を決めてシラン様に聞きますと――琥珀色の瞳を軽く見張り、次いで笑みに細めました。
「十三歳の時からだね」
「えっ……」
驚きました。シラン様とは、五歳くらい違う筈ですが――今の話だと、教会に香草の知識を教えて、広まった頃からずっと思われていたことになります。
「成人前だったし他国のことだから、人を頼んで調べるしかなかったけれど……君が成人したら、求婚しに行くつもりだったんだ。だから勉学や剣術を頑張って、近衛騎士になったんだけど」
「あの……顔も知らない私に、ですか?」
「まず、君の中身が好きだったから。女性でさえいれば、何の問題もなかったよ……だから、眼鏡を外した素顔は嬉しい誤算だった」
この世界での成人は、十六歳です。結婚は成人前でも出来ますが、その場合保護者の同意がいります。この辺りは、前世と同じですね。
ですが私が成人を迎えた頃、異母兄である先王様が事故で亡くなられ――ここで、前にユッカ様から聞いた「異母兄が急死した時、陛下を支える為に王族に戻った」に繋がる訳ですね。ただ、流されていたというのは、少し違う気がしますけれど。
……と言うか、肖像画を見たことのある私と違って、容姿関係なく好きになられていたんですね。
(うわっ……)
そんな場合ではないんでしょうか、好きな相手から昔から想われていたと聞くと悪い気はしません。いえ、はっきり言うと照れるやら嬉しいやらという感じです。
……けれど、続けられた言葉に私は固まることになります。
「異母兄の死は残念だったけど。君が家庭教師になり、ディアスキア語も堪能と聞いたから……甥っ子の相手に、ルナリア姫を勧めたんだ。そうすれば、家庭教師として君が雇われたら、縁が出来るかもって思ってね」
「は?」
「あ、甥っ子も姫のことは気に入ってくれたから、あくまでもきっかけとしてだよ? そうしたら、君も私に興味を持ってくれたみたいで……嬉しかったなぁ」
「……あの」
「ただ、フォームどのが色々と画策していたのでね。ユッカに頼んで、護身用のネックレスを作って貰ったんだ。ネックレスが壊れた時の君、焦っていて可愛かったよね」
「…………」
何ということでしょう。私を手に入れる為、シラン様に色々と画策されていました。まさか、ルナリア様の家庭教師になったのも、シラン様の思惑だったとは――どうしましょう、逃げられる気が全くしません。
(いや、ここまで想われてたら無理だったかもしれないけど、でも)
ユッカ様の言うことを聞かず、手紙や伝言などで旅立っていれば。
そう思った瞬間、脳裏に浮かんだユッカ様が、音のするくらいのウインクをしてきました。
(幼なじみなら、知ってたわよね……わざとああ言って、私をシラン様に差し出したわね!?)
反射的に、脳裏のユッカ様に問い詰めたくなりましたが――シラン様が悪びれなく微笑むのに、私は観念するしかありませんでした。
何故なら、事実が解ってもシラン様のことを嫌いになったり引いたりすることはなく。
逆に、ここまで聞いても好かれていることに頬が熱くなる辺り――惚れた弱みを、痛感するばかりだったからです。