言葉だけなら、取り繕えると思いましたが
ユッカ様に言われたから、ではないですが――確かに、この異世界に電話やメールはないですし。手紙や人づても、気まずいというか不義理な気がします。
だからユッカ様と別れ、腹を括った為か意外としっかり眠れて目覚めた朝。
私は朝の支度をする為に来たエリカさんに、朝食後にシラン様と話をしたいと伝えて貰うようお願いしました。
「おはよう……それで? 何の用かな?」
「お時間を取って頂き、ありがとうございます」
そして私は今、こうしてシラン様の執務室に招かれています。
来客用のソファで向き合ったところでシラン様はそう尋ね、私は深々と頭を下げました。それから、息を吸い込んで――台詞と一緒に、吐き出しました。
「……申し訳ありません。やはり、シラン様とのお付き合いは考えられません。これ以上のご好意に甘えることは出来ませんので、国に帰ろうと思います」
ロッテ○マイヤーさんモードの無表情で、私はキッパリと嘘をつきました。断るのに、下手にこちらの気持ちを伝えてもややこしいだけですからね。
「ルナリア姫の婚儀まで、待てない?」
「はい」
「同じ空気を吸うのも、嫌ってことかな?」
「……ご想像に、お任せします」
実際の私の気持ちは、真逆なんですが――もう会わない以上、幻滅された方が良いと思ったので否定しません。
……そんな私の顔をしばし、じっと見つめたかと思うと。
不意にシラン様が身を乗り出し、私の手を両手で包み込むように握ってきました。
「っ!?」
「物語の中では、あんなに褒め称えてくれたのに……実物は、幻滅させてしまったかな?」
「そ、れは」
「ああ、答えなくていいよ……ただ、この場を借りて私も言わせて貰おう」
そこで一旦、言葉を切ると――私の手を握り、真っ直ぐに見つめたままシラン様は笑って言葉を続けました。
「君は、物語の中の私に様々な相手を用意してくれたけど……どうして、君自身が私を幸せにしてくれないんだ?」
「……えっ?」
「ああ、勿論、実名にしろとは言わないし……観賞用と割り切っているのなら、そういうものかもしれないが。物語の中でだけでも、君は私に触れたいと思わなかった?」
「……っ」
甘く切なく囁かれたのに、私はロッテン○イヤーさんモードが強制解除され、頬に熱が集まるのを感じました。
……好きだからこそ距離を縮めるのが、いつか死に別れるのが怖くて、離れようとしていますが。
一方で好きだからこそ、私はシラン様に言われた通りに触れたくて――それ故、この手を振り払えないのです。
「……しのぶれど色に出てにけり、だな」
「えっ……」
そんな私に、シラン様が微笑みながらそう言いました。
……それは私が前世で知っていた地球の、そして日本の百人一首でお馴染みの和歌でした。