そして、十年
『お父さん』の噂は、半分だけ当たっていました。
曰く、ディアスキアの商家に生まれた父は長男ということで色々と勉強をし、リアトリスへの留学の機会まで与えられましたけれど――如何せん、性格的に商いには向いておらず。遂には、父の弟が後を継ぐことになったそうです。
「むしろ、解放されたと思ったし……留学先から飛び出しても、特に探されはしなかったけど。まあ、その頃は母さんに拾って貰っていたから、お互い様だよ」
何でもないことのように話され、しかも笑顔だったので私にはそれ以上、何も言えませんでした。まあ、その話を聞いたのが七歳の時でしたから、そもそも答えは求められていなかったと思うことにします。
代わりにと言っては何ですが、私は可能な限り父親の持つ知識や技術を取得しました。
絵画(水彩画)こそ向いてはいませんでしたが、それ以外の読み書きや礼儀作法、ダンスや算盤、そしてピアノは頑張りました。ピアノが家にないので、教会でオルガンを借りるのはご愛敬です。
……そして、私が十六歳になった時。
「これ以上、お父さんに教えられることはないよ……行っておいで、ミナ。そして今までの君みたいに、生徒さんに教えておいで?」
「ええ、ありがとう。お父さん」
お礼を言って頭を上げると、私は眼鏡をつい、と指で押し上げました。
勉強のし過ぎで目が悪くなり、一メートルも離れると目を眇めてしまうようになった私は今、分厚いレンズの眼鏡をかけています。
近所のお婆さんから頂いた濃紺のドレスは、ひだもリボンもレースもない、シンプルなもので。長い栗色の髪は編んで、後頭部できっちり束ねています。
(完璧な『ロッ○ンマイヤーさん』だわ)
異世界では全く伝わりませんが、私的には仕上がりに大満足です。
そんな訳で、私は故郷の村を後にしてリアトリス皇国へと向かいました。