物理の力と、色々解けた謎と
「こんな時間に、ごめんね。あ、ちょっと話したかっただけだから、このままで失礼」
「……はい」
部屋に招こうとしたのが伝わったのか、ユッカ様は笑顔でそう言いました。
私としては周囲に人の気配はないとは言え、立ち話も何だかと思ったのですが――少しなら、と観念して話を聞こうとしました、が。
(もしかして……シラン様のことで、何か言いに来た?)
タイミングとして、ありえないことではありません。とは言え、こちらから余計なことを言って薮蛇になりたくもないので、私は黙ってユッカ様の言葉を待ちました。
ロッテ○マイヤーさんモードを心がけたので、動揺は表情に出なかったと思います。
けれど、続けられた言葉に――私は、ついつい瓶底眼鏡の奥の目を見張りました。
「俺さ。平民だって言ったじゃない? 父親の顔知らなくて、母親もガキの頃に病気で死んで。魔法使って、食べ物盗んで逃げてたのを通りがかったシランに殴られて捕まったんだよね」
「……えっ?」
「まあ、あの頃は独学だから大したこと出来なかったのもあるけど……確かに、魔導士の意識奪えば魔法使えなくなるよね」
「はぁ……」
言われてみればそうですが、まさか物理で魔導士の資質を持つ相手に勝つとは――どうあいづちを打つべきか悩んでいますと、そんな私の困惑を余所にユッカ様は話を続けました。
「シランは王族ではあるけど、平民の子でもあるから母親亡き後は近衛騎士団長の、ロータス様に預けられてた。シランはロータス様経由で、俺の魔導士の塔行きを後押ししてくれて……だから、一緒にいた期間は短いんだけど。シランと俺、あとロータス様の娘のカルーナは、顔見知りって訳」
「……そうだったんですか」
ユッカ様の説明もですが、親子関係だと解れば確かにヒルスタス様とカルーナ様はよく似ています。そして以前、カルーナ様の言っていた『男臭い環境』というのも納得です。あと、前に引っかかっていた『王族に仕える』という言葉も。
(恩人だから、シラン様個人に仕えてるってことか)
答えが見つかり、個人的にとてもスッキリしたところでユッカ様が言いました。
「俺を拾ったり、カルーナの夢を応援したりはしたけど……基本、あいつって言われるまま、流されるままなんだよね。だから近衛騎士団に入る為に剣を学んだし、異母兄が急死した時は陛下を支える為に王族に戻った。陛下は、喪が明けたら妻を娶ることが決まっていた。だからあいつが、独身王族として愛想を振りまいた……上手く出来すぎて、浮き名が流れちゃったけどね」
「……さようでございますか」
「あ、もうちょっと聞いてね? ここまでだと、ただの悪口だから……そんなあいつが、君のことは気に入ってるんだよね。俺に頼んで守護魔法かけさせたり、売れっ子のカルーナに頼み込んでドレス作らせたり……まあ、無理強いは野暮だからしないけど」
そこで一旦、言葉を切って。でもね、とユッカ様は続けました。
「断るのはいいし、理由も必ずしも真実でなくていい……だけど、手紙とか人づてじゃなく。せめて直接、言ってあげて?」
笑みに細めた水色の瞳を、真っ直に私に向けてそう言うと――現れた時のように唐突に、ユッカ様はその姿を消しました。