期待外れと予想外
宰相の独身設定をすっかり忘れてまして(汗)ユニフローラは、養女設定に変更しました。
相手に声をかける時は、身分が上の者からと言うのが決まりです。
……逆に言えば、平民である私の立場が逆転することは絶対になく。無礼にならない範囲で受け身でいれば良いので、気持ち的には楽だったりします。
「顔を上げなさい」
言われるままに足を止め、振り向いてカーテシーをした私にそう声は続けました。そして促され、顔を上げた私を声同様に綺麗な藍色の瞳が見つめてきました。
(うわ、ゴージャス……)
訂正致します。声や瞳だけではなく、全身もれなく美人でした。
結い上げた髪は、眩い黄金色。白磁の肌に、端正な面差し。艶やかな朱唇と言い、絹とレースが見事なオフホワイトのドレスに負けない、メリハリの効いたグラマラスボディと言い、海外セレブや某ゴージャス姉妹を思い出します。まあ、この世界では通じないので口にはしませんが。
(……これは、もしや? 「シラン様に相応しくない」とか罵られちゃう?)
シラン様は他国であるリアトリスでも人気の、独身貴族(王族?)ですからね。小説や漫画でしかお目にかかったことのない修羅場の予感に、ネタに出来る実体験出来るとついつい心が躍ってしまいます。
「私はフォーム公爵家の、ユニフローラ」
けれど、ゴージャス美女の名乗りを――フォーム様の関係者だと聞いた瞬間、私の脳裏には「もしや」と「まさか」という言葉が浮かびました。
「あなたには、本当に申し訳ないことをしたわ……義父に代わって、お詫」
「お気遣い頂き、ありがとうございます」
遮るように言った私に、頭を下げかけたユニフローラ様はピタリと動きを止め、見開いた目をこちらへと向けました。
フォーム様の暴走はなかったことになっていますが、病気を理由に宰相の座を辞したと聞きました。今は貴人用の牢にいて、今後は療養という名目での幽閉になるとか。
ディアスキアの公爵家は四つ。『なかったこと』になっているのでお取り潰しにはならないですが、宰相職は他の家に任せるそうなので『何かあった』と感じる方もいるでしょう。
(そんな中、この人は王宮に来て、恨み言じゃなく謝ろうとした。しかも、平民であるこの私に)
いくらフォーム様本人でないとは言え、血縁者である彼女がルナリア様には近づくことすら出来ないでしょう。しかし、そのことと平民の私に謝るのは別の話です。
前世の感覚だと、ユニフローラ様の言葉遣い(謝罪に敬語を使わない)に違和感を持たれるかもしれませんが――身分の差を考えると、いちゃもんはまだマシ。平民の私を斬り捨てる(文字通りの意味で)ことも許されていますからね。
「主にも、伝えさせて頂きます」
これだけ誠実な方なら、もう手紙など試みているかもしれません。
修羅場かと、ときめいた私が言うのも何ですが――周囲の人に誤解されないように、けれど一から十まで説明する義理もないので、言葉を選びながらここぞとばかりに笑ってみせました。普段のロッテン○イヤーモードの時はあえて控えていますが、前世は日本の社会人ですからね。愛想笑いくらいは出来ますよ。
「……ありがとう」
「私からも、礼を言うよ。ミナ」
ユニフローラ様からのお礼に、飲み物のグラスを二つ手にしたシラン様の声が続きました。
(そう言えば)
フォーム様は確か、シラン様に令嬢を紹介していると言っていました。独身と聞いていますので、親族筋なのかもしれませんが――ご自分の身内に年頃のお嬢様がいれば普通、真っ先にお勧めしますよね?
(シラン様が断ったみたいだけど、もしフォーム様が障害だったりしたら……これだけの美男美女だもの。それぞれ、思うところがあったりとか)
そう思い、二人のロマンスについつい期待してしまいましたが――ユニフローラ様は何故だか、ひどく温かい眼差しでこちらを見ていて、戸惑った私は我知らず小首を傾げました。




