翌日、更に急展開
翌日、聞いていたとは言え、実際に完成したドレスを見た時には驚きました。
薄紅(ピンクなんですが、それだと可愛すぎるので勘弁して下さい)のドレス。胸元や袖にフリルを、上着や腰には昨日、シラン様が話していた通り赤い(細かく言えば薄紅と赤の中間くらいの)リボンがあしらわれています。
『流石に、手縫いだと無理だが……縫い機を使えば、何とかな』
私が解ると伝えたので、カルーナ様はディアスキア語で話してくれましたが――それよりも、縫い機という言葉に驚きました。つまりは、ミシンってことですよね?
「元々は軍服を縫う為、工場で使われていたのだが……便利なので、私もありがたく使わせて貰っている」
「なるほど」
軍のある、ディアスキアならではの理由と発展の仕方ですね。
ちなみにこの会話は、カルーナ様にコルセットを手伝って――と言うか、がっつり寄せて上げられながらの会話です。自分一人でも着用出来ない訳ではないのですが、カルーナ様は下着ショップの店員さん並みのテクニックで、ささやかな私の胸を盛り上げてくれました。
(お針子はともかく、デザイナーは男性の方が多い筈だけど……カルーナ様みたいに見た目美男子で、女性ならではの気配りやテクニックがあるなら完璧よね)
とは言え、そんな完璧なカルーナ様のドレスでも私の瓶底眼鏡はカバーしきれません。コンタクトがあればまだ、十人並みの容姿でも馬子にも衣装で何とかなったかもしれませんが、流石にそこまで文明は発達していません。
「素晴らしい。流石、カルーナだ」
それなのに、着替え終わった私を見たシラン様は満足げであり、カルーナ様も当然というようにその賛辞を受けています。確かに二人は私の眼鏡を外した顔を知っていますが、私の瓶底眼鏡は『裸の王様』ならぬ『裸の眼鏡』ではありません。
「あの、確かにカルーナ様の作られたこのドレスは素晴らしいですが……私の、この眼鏡では。せっかく作って頂いたのに申し訳ないのですが、もう少し大人しいドレスの方が」
そう申し出ると、シラン様とカルーナ様がピタリと話をやめてこちらを見ました。そして、何故だかカルーナ様がやれやれとため息をついて。
「お前、話していなかったのか?」
「当日に、驚かせようと思っていたんだが……確かに、私のミスだね。ミナ、すまなかった」
「えっ? いえ……」
「ユッカ」
「はいはい……あ、一昨日はどうもー」
不意にシラン様に謝られたのに、私が戸惑いつつも答えると――シラン様が聞いたことのない単語を口にし、それに応えて唐突に明るい声の主が頭上に現れ、床に降り立ちました。この声、そして登場の仕方には覚えがあります。
「……魔導士、様」
「様なんて、堅苦しい! 同じ平民って聞いてるし、気軽にユッカって呼んで?」
「王族に仕える魔導士が、初っ端から無理を言うな。せめて、もう少し慣れてからにしろ……ユッカ、頼む」
「はいはい」
そんな謎のやりとりの後、金髪の魔導士様――ユッカ様は、その白い手を私の眼鏡にかざしました。
「っ!?」
途端に視界がグニャリと歪んだのに驚き、私はその場に座り込みました。それから眼鏡がどうかなったのかと焦り、外したところで私はようやく気づきました。
「……見える」
「魔法だよ。眼鏡みたいに、目の悪いのを補助してる。もっとも、一日ずっとって訳にはいかないけど……せっかく、綺麗な目なのにごめんね? 俺、もっと精進するから」
「お気持ちだけで十分です」
王宮ではなく王族という言い方に少し引っかかりましたが、魔導士様がそれこそ平民の私の為に魔法を使うだけでも大事なので、私は慌ててお断りを入れました。そんな私に軽く水色の瞳を見張ったユッカ様が、次いでにっこりと満面の笑みを浮かべます。
「可愛くて良い子だねぇ」
「ユッカ。来てくれたのは話が早くて助かったが、頭を撫でるな。髪が乱れる。これから手直しに入るから、帰れ」
「えー?」
「同感だ。お前がいると、うるさいからな」
「呼んどいて! まあ、明日を楽しみにしてるよ。またねー」
座り込んだままの私の頭を、くしゃくしゃとユッカ様が撫でていると――カルーナ様とシラン様が、口々に言いました。それに拗ねたように唇を尖らせながらも、最後には私に笑顔で手を振って、ユッカ様は現れた時同様にその姿を消しました。
「さて、と……早速だが、髪を下ろして貰えるだろうか」
「はい?」
「アクセサリーはシランに任せたが、髪飾りやチョーカーも用意してみたんだ。あ、シラン。バランスが見たいから用意したものを出せ」
「了解」
そして、無表情ながらも楽しげに(これだけあれこれ用意しているので、間違いないと思います)眼鏡を外した私を着飾ろうとするカルーナ様に、私は観念して結い上げていた髪を下ろしました。




