宴のアップを始めたようです(逃避の為、他人事)
シラン様経由で婚姻の申し込みがあり、それを受けてからこうして嫁ぐまで時間がかかったのは、他国故の準備(ディアスキアの言葉やしきたりを学んだり)だけではありません。
既製服もありますが、やはり高位の貴族以上の方々の服はオーダーメイドが基本なのでルナリア様が着る為のドレスを作成する時間でもありました。
(花嫁衣裳はこれから作られるとしても、リアトリスからはしきたりのせいでドレスを持ち込めないし……一着もないとか、あんまりだし)
とは言え私は平民ですし、そもそも急に同行が決まったので当然、ドレスの用意なんてありません。しかも宴は明後日とくれば、古着を用意するか誰かから借りるのだと思いました。
けれど、シラン様に手を取られて――と言うか、引っ張られて私は王宮の中に入り。皇宮とはまた違う豪華さ(御所とお城の違いみたいな感じです)に感心していると、その中の一室に連れてこられました。
『遅い!』
『申し訳……』
短くも鋭い声でピシャリと言われ、私は慌てて頭を下げて謝ろうとしました。すると、そんな私にシラン様、そして声の主が口々に言いました。
「今のは、私に対してだよ」
「すまなかった。遅いのも我侭なのもシランだから、気にしないでくれ」
「いえ……失礼致しました。ミナと申します」
笑いを含んだシラン様の声。そして幾分、和らいだ声に名乗った後、私は顔を上げました。
……白いシャツに、黒いズボンと同色で銀糸の刺繍の施されたベスト。
言葉遣いや服装は男性ですが、私の視線の先にいる声の主は長い黒髪を首の後ろで束ねた女性でした。いえ、正直、声を聞かなければ線の細い美男と見紛うくらいなのですが。
「私はカルーナ・ブルガリス。クチュリエール(オーダーメイドの女性デザイナー)だ……すまない、眼鏡を外して貰えるか?」
「えっ?」
「イメージを固める為だ、頼む」
私のような平民の為に、しかも宴は明後日なのにデザインから始めるのかと驚きました。
しかし時間がないのは事実ですし、この場には私達三人しかいない(そう、他のお針子がいないのです)ので、カルーナ様(私に気を使ってかリアトリス語を話していますし、苗字があるので貴族か騎士階級以上の家の出の筈です)に言われた通り、眼鏡を外して見せました。途端に視界がぼやけましたが、下手に目を凝らすと目つきが凶悪になるので我慢します。
「これは……!」
そんな私に声を上げたかと思うと、すぐに鉛筆を走らせる音が聞こえてきました。その合間に「色が白いから、淡い色がいいな」や「可憐さを引き立てる為に、フリルやリボンを」などとカルーナ様の呟きが聞こえてきます。正直、少し怖かったです。
そしてシラン様を部屋から出したかと思うと、眼鏡をかける代わりに採寸の為、下着姿になるよう言われました。少し緊張しましたが、腹を括って上から下までキッチリ計測されました。
「カルーナ、もういいか?」
「ああ。明日、また頼む……ちなみに、デザインはこれだ」
「解った。じゃあ行こうか、ミナ」
やがて、部屋の外からシラン様に声をかけられると――許可を得て、部屋に入ってきたシラン様に連れられて、今度は隣の部屋に入りました。待ち構えていたのは、宝石商の方だそうです。
「ドレスに赤いリボンをあしらう予定なので……ルビー以外に、赤い宝石はあるか?」
「それなら、このルベライトはいかがでしょう?」
私を気遣ってから、やはりリアトリス語でのやり取りです。こうして王宮に入れるのもですが、さらりとリアトリス語で返せる辺り、この宝石商の方も各国で仕事をしているんでしょう。
そして、宝石のネックレスが取り出されるのに私は無言を通しました。ドレスもですが、明らかに高価そうなので心の平穏の為にも値段を聞くのは控えます。
(それにしても、こんな地味女の私にも動じず華やかな宝石を勧めるとは……プロだわ)
感心している間に打ち合わせが終わり、気づけばもう夕方になっていました。とは言え、ドレスについては明日、完成品に体に合わせて修正が入るそうですが――この一晩で、そもそも完成するものなんでしょうか?
「夕食はこの部屋に運ばせるし、風呂も用意させるからゆっくり休むといいよ」
「あの、この部屋は」
「この辺りは、私の居住スペースなんだ。私の部屋は隣だから、何かあったら声を」
「ありがとうございます」
遮ってお礼を言うと、苦笑されつつも解放して貰えました。
そして明日も何とか乗り切る為に、シラン様のお言葉に甘えて食事をし、何とかお風呂に入って(寝落ちしそうになるのに耐えました)休みました。
明日は、ルナリア様に会えるのでしょうか――いえ、宴の時には会えるでしょうから、それまでは未来の旦那様との仲を邪魔してはいけませんね。




