えっ、ちょっ、聞いてない!?
もっとも、忘れていたのは私だけのせいではないと思います。
一晩の潔斎を終えた私達は、再び馬車でディアスキアへと向かいました。ルナリア様とシラン様の、サービスタイムも再開しましたが――告白前にあった口説き攻撃がなくなり、うかつにも私は安心してしまったのです。
「ルナリア姫」
「……エルダー様」
そして、ディアスキアの王宮に到着した私達――と言うか、ルナリア様を出迎えたのは絵姿で一方的に見知っていたエルダー様でした。明るい金髪に、青い瞳。爽やかな若き貴公子という感じの彼は、確かルナリア様の一歳下と聞いています。
「ようこそ、ディアスキアに……私が、エルダー・ランサ・ディアスキアです。本当に、よくいらしてくれました」
そう言って跪く姿は優雅で、少年とは言え流石国王だと思いました。それから、個人的にはその言葉と笑みに、素直に感謝と気遣いが込められていたことに好感を持ちました。
(そりゃあ、そうよね……フォーム様が、ルナリア様を殺そうとしたんだから)
周囲の人々の反応を見る限り、宰相の乱心は表沙汰になっていないようです。そうなると、暴漢達に襲われたことも伝わってはいないかもしれないので、私は少し離れた場所からルナリア様の様子を窺っていました。
「ルナリア・ターサ・リアトリスでございます」
名乗ると、ルナリア様はエルダー様へとその手の甲を差し出しました。
男性が跪くことは、相手への尊敬を示し。淑女が手の甲を差し出すことは、その男性からの敬意を受け取ることを意味しています。それ故、嬉しそうに微笑むとエルダー様はルナリア様の手を取って口づけました。
(うん、美男美女……って言うには少々、幼いけど。お似合いだわ)
しみじみとそう思っていると、立ち上がったエルダー様の目が不意にこちらへと向けられました。
「あなたが、ミナ嬢ですね……姫が、お世話になりました」
「……とんでもないことでございます」
一瞬、心が読まれたかと思いましたが、普通にお礼だったので私もカーテシーで応えました。平民故、苗字がない私に対して呼び捨てではなく、敬称をつけたのにも好感が持てます。
「我らの式は、二ヶ月後……まずはそれまで、姫と共に我がディアスキアのことを学んで頂ければと思います」
「おそれいります」
「明後日の夜、歓迎の宴を用意しています。ささやかですが、楽しんで頂ければ幸いです」
「おそれいり……」
そこまで答えて、私の言葉は途切れました――えっ? 宴って、この話の流れだと私も参加するってことでしょうか?
「彼女は、私がエスコートしよう」
「叔父上が、ですか?」
「ああ。ドレスやアクセサリーも用意する……という訳で、彼女を借りるぞ」
「えっ……あ、あのっ!?」
そして驚きに固まる私を余所に、シラン様がどんどん話を進めてしまい――呆然としてしまった私は、逃げることも出来ずに腕を捕まれ、やっと我に返った時には引っ張られながらこの場を退場することになったのです。
1/14、婚礼の日を三ヶ月後から二ヵ月後に変更しました。




