恋する乙女とうっかりと
用意された天幕の中で。私は、ルナリア様の着替えを手伝おうとして、ふと思いました。
(二人きりだわ)
馬車とは違い、今夜の潔斎を行なう場でもあるのでシラン様もいません。そりゃあ、天幕の周りは護衛の騎士達に守られていますが――そこまで考えて、私はルナリア様に尋ねました。
「リアトリスに、戻られなくてよろしいですか?」
「ミナ?」
「宰相様の、暴走ではありますが……婚姻の話を断るのなら、今回の襲撃はれっきとした理由になると思います」
今は、私がいます。けれど、王宮に嫁げば今のようには一緒にいられないですし、いずれ私もリアトリスに戻ります。
そうなれば、ルナリア様は一人きりです。そりゃあ、シラン様や夫となるエルダー様が守ってくれるかもしれませんが。
(今回の襲撃で、恋心吹き飛んでない? 怖がってない? 大丈夫?)
そう思って、眼鏡越しに視線をやると――ルナリア様は、何故だか嬉しそうに笑っていました。それから、戸惑う私に言いました。
「怖くなかったと言えば、嘘になるけれど……それは、ミナが私を庇って死にそうだったからよ?」
「……申し訳、ありません」
「本当に、気をつけてね……あとは、エルダー様に会えずに死ぬのは怖かったけれど。ミナのおかげで、お会い出来るわ」
「ルナリア様……」
そう言って、笑みを深めるルナリア様は可憐でありながらも、芯の強さを感じました。
この世界での結婚は男性から求婚されたり、親が薦めるのが一般的で女性に決定権はほとんどありません。だから以前、ルナリア様は「自分は、恋を知らずに嫁ぐと思っていた」と話していたことがありました。
(だけど、ルナリア様はエルダー様に恋をしている)
それならば、私がすべきなのはルナリア様の背中を押すことだと――そう思い、それ以上の質問はやめて着付けの支度を始めました。そして用意されていたディアスキアのドレスを、初めて間近で眺めました。
※
(お父さんから、聞いてはいたけど)
リアトリスのドレスは、落ち着いた色調と肘を境に二つに膨らんだ袖。上半身にピッタリと沿ってはいますが、露出は少なめです。これは、皇宮では慎み深さが美徳とされているからです。
しかし、ディアスキアのドレスは。
「綺麗……でも、ちょっと恥ずかしいわね」
着替えたルナリア様はその言葉通り、少し照れたように微笑みました。
パステルカラーの明るい色調と、軽やかな生地。そして、何より違うのは開いた胸元――レースで縁取られているので下品な感じはしませんし、色白で銀髪、更にスタイルも良いルナリア様の美しさをとても引き立てているのですが。
(うん、私には無理)
私のこの眼鏡では、ディアスキアドレスの華やかさには不似合いですし。この世界にコンタクトはないので、外すと目つきが悪くなる私ではどちらにしても無理があります。
(まあ、そもそも平民の私がディアスキアのドレスを着ることなんてないけど)
現に『留学』という立場なので、私は着替えるようには言われていません。だからそう結論付けて、今度は潔斎(嫁ぎ先の衣装に身を包み一晩、この天幕で過ごす)の為の準備を始めたのですが。
……私は、忘れていたのです。
こういう回想は、立派なフラグになることを。
そして、シラン様からの告白をどさくさに紛れてスルーしていたことをです。




