王宮浪漫に巻き込まないで!
カーテシーはスクワット並みに辛い体勢なので、抱き寄せられたことで膝の負担から解放されたのは嬉しかったのですが。
(えっと、これ、どんな状況?)
台詞だけだと怒られた、あるいは呆れられたようですが――声音はその逆、何というか感激したようでして。
(そもそも、前者だと抱きしめられないか……でも、何で?)
考えても解らず、抱き竦められている状態も継続中なので、仕方なく私は口を開きました。
「あの、シラン様」
とは言え、何をどう聞くべきか解らなかったので名前を読んだところで口ごもり。
そんな私の困惑が伝わったのか、抱擁が解かれることはありませんでしたが、シラン様が話し出してくれました。
「君の書いた物語を読んで、何て言うか……主人公が甘ちゃんで、女性に受けそうな貴公子で」
「……申し訳」
「えっ? 何故、謝るんだい?」
本人からの駄目出しに、少しだけ凹みながらも私は謝ろうとしました。名前や国名こそ変えていますが、名誉毀損で訴えられても文句は言えません。
(馬鹿にしたり、茶化したりするつもりはなかったけど)
それでも、自分の出生のことや女性関係を物語にされたのなら、少し前後の繋がりが解りませんが実は不快にさせてしまっていたのでしょう。そう思ったのですが、何故か当の本人に不思議そうに尋ねられてしまいました。
「おこ……不快に、思われたのでは?」
危ないです。つい「怒ってるかと思って」と地(前世)の口調で話しそうになってしまいました。
言い直して尋ねた私を、抱きしめる腕に力がこもり――顔は見えませんが、ふっ、と耳元でシラン様が笑った気配を感じました。
「そう見えるように、振る舞っていたからね。むしろ、誉められたようで嬉しかったよ」
「はあ……」
「王族とは言え、私は庶子で後ろ盾もない。この身だけが、武器だからね……君が想像してくれたような、亡き母への思慕などないけれど。だからかな? 健やかで優しい目線を持つ君に、とても興味が湧いたんだ」
「…………」
どうしましょう、怖くてあいづちが打てません。
フォーム様からの虫除けとしてではなく、ガッツリ目をつけられていたようです。まさか、と思いたいのですが口説かれていたのも演技ではなく、シラン様なりに本気だったのでしょうか?
(落ち着くのよ、ミナ。シラン様には、一人称疑惑があるじゃない)
どんどん不安になってきたところで、私は思い出しました。そう、今の『私』が演技ならまだ何か含んでいることがある筈です。
「……私に、何を望んでいるのです?」
「何だって?」
「以前、一人称が違いました。それに、そもそも私のような地味な女にそんなことを言う意味が解らないのです。勿論、平民に本音を語る必要はないですが。せめて、勘違いするような言動は」
「一人称? ……ああっ!」
必死になりながらも何とか声を荒げることは堪えて訴えると、首を傾げたシラン様が不意に何かを思いついたように声を上げました。
「子供の頃は、家臣の家に預けられていて……王弟として引き取られてからはこの口調だけど、感情が高ぶると崩れる時があって。フォームは嫌がってたけど、むしろそれが面白くてわざとやったりね」
嫌がらせだったと公言する辺り、なかなかに『いい』性格をしているようです。とは言え、種明かしをされた私は気が気じゃありません。
(悲劇の貴公子じゃないわ、この人。腹黒? 猫被り?)
半ば逃避のように思っていたところで、不意に体を離されて向き合う格好に、つまりはバッチリと目が合う状態になりました。
「何を望んでいるかって? 君との、薔薇色の未来だよ」
そして、輝くばかりの笑顔でそう言われたのに、私は逃避するように意識を手放しました。
……もっともルナリア様の着替えがありましたから、すぐに根性で目覚めましたけどね?




