非力な女性ですからね
脳筋とまでは言いませんが、私は元々が単純です。子供(まあ、中身は大人でしたが)の頃に家庭教師になると決め、その目標に向かって黙々と学びましたし。思えば前世でも、同じように勉強して翻訳家への道を進んでいました。
(だから前世でも、眼鏡女子だった……って、そうじゃなくて)
勿論、考える上で情報は大事です。ただ、それに振り回されては本末転倒というものです。
(そもそも、フラグ臭満載な『アレ』もだけど……もう一つの『アレ』もなぁ)
私としては、かなりあからさまだと思うのですが――そこまで考えて、私は憂鬱からではなく思考を締め括る為に息を吐きました。
(私は、私が出来ることをするだけ)
そう心に誓ったところで、馬車は潔斎の為の森へと入って行きます。そしてしばらく揺られた後、馬車は静かに止まりました。
「お手を……足元に、気をつけて」
まずはシラン様が馬車を降り、次いで降りたフォーム様がルナリア様へと手を差し伸べます。
……今までも、淑女へのエスコートとして行なわれてきたことでしたが。
「ルナリア様」
ふと引っかかりを感じた私は、フォーム様がルナリア様の手を取る前に、声をかけて引き止めました。
そんな私達の耳に、刹那、ガサガサガサッと乱暴に茂みを揺らす音が聞こえてきます。
「こちらへ!」
それが、身なりや人相の悪い男達が飛び出してきたからと気づいた瞬間、私は馬車のドアを閉めて手を引いてルナリア様を馬車の奥へと導き、代わりに自分が前に出ました。
窓の外から狙われても困りますので、ルナリア様には申し訳ないですが椅子ではなく馬車の床で身を屈めて頂きます。それ故、外の景色は見えませんがシラン様達や護衛の騎士達が襲撃者達と戦っているのでしょう。怒声や、剣戟の音が聞こえてきます。
(とは言え、いつまでも立てこもってはいられないでしょうね)
襲撃者達は、ルナリア様が馬車に乗ったままなのを見ているでしょう。馬車に持ち込んでいるのは私の旅行鞄一つなので、残念ながらバリケードを作れません。
……そんなことを考えていたら、足音が近づいてきて荒々しく馬車のドアが開けられました。
「お前ら、何、隠れてやがるっ!」
血に濡れた剣を手に、足音同様荒々しい声を上げて手を――おそらく私ではなく、ルナリア様にでしょう――伸ばしてきた男に向かって、私は取り出しておいた香水瓶のスプレーを吹き付けました。
「ぐあっ!?」
「ルナリア様!」
そして目を押さえて呻き声を上げた男を鞄と勢いで押しのけると、私はルナリア様の手を取って馬車を飛び出しました。財布や荷物は惜しいですが、命あっての物種です。
「ミナ、今のって……」
「薄荷水です。もしもの為に、スカートの下に隠していました」
非力な女性ですからね。潔斎の名目で鞄を取られることを考えて、用意しておいたのです。
私の答えに、泣き笑いの表情を浮かべたルナリア様の手を掴んだまま騎士達の乗っていた馬を探しました。非力な女性ですからね(大切なことなので、二回言いました)ルナリア様と一緒に、逃げようと思ったのです。




