おやすみの前に
渡されたペンダントには、シラン様のぬくもりが残っていました。
貴重な体験をさせて頂いたとは思いますが、母親が遺したペンダント――当然、一つきりですから誰彼構わず渡せるものではありません。そんな訳で、物語のネタとしてはクライマックスか最終回にしか使えません。
(虫除けが終わったら、返さないと)
そう結論付けると、私は一旦、ペンダントを鏡台に置きました。そして、荷造りの終わった鞄からサシェ用の小さな薄紅色の巾着を一つ取り出し、ガーネットを入れて口を閉じました。
いつでもお返し出来るように、明日からはこのペンダントを身につけます。
本当ならポケットなどに入れたらいいんでしょうが、ドレスにはそもそもポケットがないんですよね。シルエットの美しさを損なわない為で、荷物はバッグに入れるものです――まあ、我々庶民としては両手が使えないと不便なので、エプロンにポケットをつけてそこに荷物を入れたりしますけどね?
あ、断っておきますが別に潔癖症とか、シラン様に生理的嫌悪を抱いている訳ではないですよ。逆に萌え対象なので、本人もですがその大切な思い出に私ごときが不用意に触れて、汚したくないと思いまして。
(まあ、しばらくは一緒に過ごすことになるんだけど)
ディアスキアまでの移動が、宿泊しつつで一週間ほど。到着後はルナリア様の婚礼があり、その後、ディアスキアについて学んでいくことになるので――落ち着くまでの、一~二ヶ月くらいでしょうか?
(ディアスキアは元々、リアトリスから領地を賜っていた将軍が興した国だから、魔法より軍事が盛んなのよね。士官学校があるくらいだし)
……そう、実はと言いますか、流石と言いますか。
この世界には、魔法や神力という不思議な力が存在します。ただ、私もですが皆が持つ能力と言うことではなく、逆にその能力に目覚めるとリアトリスにある魔導士の塔や、教会の頂点である北方教会に引き取られて皇帝や各国の王族に仕える為、私としてはスポーツ特待生とか一芸入試、つまり『自分とは無縁の世界』くらいの認識しかないんです。
(そう考えると、ディアスキアは繁栄はしてるけど新興国で庶民寄りよね)
もっとも、あまりに脳筋だとしても困りますが――そんな風に結論付けると、私はやっとドレスから寝巻きに着替え、解いた髪を梳いて眼鏡を外すとベッドに潜り込みました。
……疲れてしまったのか、逃避だったのか。
朝、いつものように教会の鐘が鳴るまで私はぐっすりと熟睡したのでした。




