すっかり相手のペースに巻き込まれました
今後、ディアスキア人とだけ話す時は『』での切り替わり後「」にします。そんな訳で、今回の二人はディアスキア語での会話です。
寝巻きに着替える前で良かった、と思いつつ私は部屋の扉を開けました。
そんな私の前に立つシラン様もまた、先程の正装姿のままで――舞踏会は基本、日を跨ぐものですから。明日帰国なので、夜通しではないと思いますけれど。きっとこの後、舞踏会に戻られるんでしょう。
「シラン様、お待たせいたしました」
「いや、私こそいきなり押しかけてすまない」
身分の高い方相手に申し訳無いですが、未婚の男女ということで部屋の中には招かず、部屋の扉も開けたままの対応です。まあ、本音としては長居されないようにでもありますが。
「私の想いの証として、本来なら指輪を渡したいのだが……生憎用意がなく。代わりに、これを」
「……そんな、お気遣い無く」
「いや、それでは私の気が済まない」
中世ヨーロッパ風のこの異世界では、婚姻の証も地球同様に指輪です。
なんです、が――基本は代々、親から正妻の長子へと受け継がれるもので。次男より下、あるいは側室の子となると別に用意が必要です。
(ただ『設定』としては、今日見初めた事になってるから……そりゃあ、用意は出来ないわよね)
そもそも、自分はフォーム様からの盾――までは大したものではないですね、虫除けスプレーくらいでしょうか――なので用意自体、申し訳無いです。そう思っている私の前で、シラン様は首から下げていたものを外して、私に差し出してきました。
……それは、赤い石に金具をつけて、紐を通したシンプルなペンダントでした、
その赤い石の正体に気づいた私は、ハッとして顔を上げ、シラン様を見上げました。
「シラン様、それは……」
「……ああ、やはり知っていたか。その通り、亡き母から譲り受けたものだ」
赤い石――ガーネットを、親が子供への守護の祈りを込めて渡す習慣がディアスキアにはあると父に聞いたことがあります。そしてもしや、と思った私の予想はシラン様により肯定されました。
シラン様のお母様が我が子の為に用意をし、今際の際にシラン様に託したなんて――とっても滾りますが、流石に今はそんな場合ではありません。
「そんな大切なもの、頂けません!」
「大切なものだからこそ、受け取って貰えないだろうか?」
言葉では依頼の形を取っていますが、シラン様は私の手を取りつつペンダントを握らせました。早業です。流石、ワールドワイドなプレイボーイ――いけない、動揺のあまりチャラい感じになってしまいました。せめて、恋の狩人くらいは言っておかないと。
「……ならば、其方からも真実の証を貰えば、私を許してくれるだろうか?」
そう言うと、やはりシラン様は返事を待たずに私の眼鏡を外しました。そして咄嗟に目を眇める隙すら与えずに、私の顔を覗き込んできました。
「驚いた……天は、ニ物も三物も与えるのだな」
「それは……っ」
父親譲りの紫の目がちょっと珍しいのと、単に眼鏡を外したギャップだけですっ――と口走りそうになり、私は何とか堪えました。ハーブや宝石の名前などは地球と同じですが、流石に『ギャップ』という言葉はありません。
そんな風に言葉を飲み込んだ私に、シラン様は微笑んで眼鏡を戻してくれました。いや、まあ、外したのもシラン様なんですけど。
「では、明日から楽しみにしている」
そして、すっかりシラン様のペースに巻き込まれた私はペンダントを握ったまま、笑顔で立ち去るシラン様を呆然と見送り――ある事に気づいて、ポツリと呟きました。
「一人称が『私』ってことは……よそいき仕様か、何か隠してるってことですよね?」




