まるで、物語みたいな
『ルナリアでございます、リアトリスへようこそ』
流暢なディアスキア語で、ルナリア様はディアスキアからやって来た客人『達』に挨拶をしたそうです。
そう、今回はシラン様一人ではありません。あ、護衛の方々はちゃんといますよ、念の為。
もう一人は、宰相であるディサ・フォーム様でした。亡き前王の友人だった彼は、現王を実の息子のように可愛がり、主に政治面を支えている方で。こちらもなかなかのナイスミドルということで、また侍女達が騒いでいました。
……他人事のような言い方になるのは、私が直接、見ていないからです。
単なる家庭教師である自分が、王族や異国の方々とのご対面に立ち会うことなど出来る訳はなく。逆に同じ屋根の下にいられたり、こうして当のルナリア様から話が聞けただけでも十分、贅沢だと思います。
(まあ、それも今日までですけどね)
明日になれば、ルナリア様はディアスキアへ旅立ちます。
自分の部屋から、遠目で見送るくらいは出来るかもしれませんが――見送った後、私もこの皇宮を去るので、今日は最後にとこの中庭に来ていました。
皇宮は、今夜開かれる祝宴に向けての準備に慌しいですが、私は参加しませんし給仕等を手伝う訳でもないですからね。
初夏の陽射しを受け、光を弾く噴水と鮮やかに咲き誇る花々。そして、その間をひらひらと飛ぶ蝶々。
「……綺麗」
長椅子に腰掛けて、私はポツリと呟きました。
それからこの美しい景色を目に焼き付けようと、眼鏡越しにジッと見つめていると、不意に声をかけられました。
『一方で、不実や不吉の証とも言われているけどな』
……驚いて、振り向いた先に立っていたのは一人の青年でした。
年の頃は、二十代前後と言うところでしょうか? 黒と見間違うような濃紺の髪と、月を思わせる琥珀色の瞳。シンプルなシャツにズボンでも、逆に美貌が引き立つばかりです。
絵姿で見た色彩と姿。そして、その口から紡がれたのはディアスキア語で。
(シラン……様?)
何でしょう、この物語のような展開は。
思いがけない出会いに内心、焦りながらも――いや、後から思えば焦っていたからこそ、私は口を開きました。
『蝶は、死者の魂と言われるからでしょうか……私は母を亡くした時に『だから』傍にいてくれると言われて、慰められました。あんなに綺麗だと、色々と言われて大変ですね』
そうディアスキア語で言うと、私はドレスの裾を摘まんで一礼し、走り出すのを懸命に堪えながらその場を立ち去りました。
(び……ビックリした! まさか、妄想してた本人に会うとか! いや、まあ、二次元キャラじゃないから可能性はゼロじゃないけどっ)
脳内は、すっかりパニックです――まあ、私も『グロリオーサ物語』では主人公を不実な蝶扱いしてますからね。そこは、華麗にスルーさせて頂きますよ?




