そう、過去形なんです
「ねぇ、ミナ……お願い。私と一緒に、ディアスキアに来てくれないかしら?」
「ルナリア様……外国に嫁ぐ時は、身一つでが習わしでございますよ?」
「解っているけれど……」
授業の合い間の、お茶の時間に。
もう何度目かになる問い掛けに対して、私もいつものように何度目かになる答えを返しました。
日本の歴史やドラマの知識では乳母や侍女は付いていった気はしましたが、確かにフランスの某女王が出てくる漫画ではそんな場面もあった気がします。表向きは、少しでも早く嫁ぎ先に馴染む為。そしてもう一つ、万が一、戦になった時に故郷へ情報を洩らさない為でもあるそうです。
(まあ、戦なんてここ百五十年程は起こっていないけど……考えてみれば、和宮が御台所って呼び方を最初、拒否したってエピソードもあるし)
最終的には仲睦まじかった筈ですが、同じ日本でも育った環境の違いはありますから――前世でのぼんやりした知識を思い出しながら、私は空になった茶器を置きました。そして、用意していたものをルナリア様へと差し出しました。
「手紙のやり取りは、止められていないそうですから……小説の続きとサシェは、これからも送りますね」
紙に清書した『グロリオーサ物語』の続きと、お風呂に入れて頂く為のハーブが入ったサシェ。実は地味ではあるんですが、このハーブの使い方は私が前世の知識から広めたものです。
元々、教会で薬(塗り薬や湿布)としては使われていましたが、料理やお菓子に入れたり、サシェに入れて衣装箪笥やお風呂に入れたりするのは、私がオルガンをお借りした神父様に教え、そこから各教会へと伝わりました。
ちなみに、前世の私がハーブにハマったのは女子力からではなく、冷え症や眼精疲労、そして肩凝り対策です。今の私は十代ですけれど、二十代後半にもなれば体力が落ちたり、体質が変わったりしますから。今のうちから、体調管理や予防対策を怠ってはいけません。
「ありがとう、ミナ……私からも、手紙を書くわ。『本物』のシラン様のことを、ミナにこっそり教えるわね」
そう言うと、ルナリア様は笑って小説の続きとサシェを受け取ってくれました。
……ルナリア様も、習わしに逆らってまで私を連れて行けないのは解っているのです。ただ、私が雇われてから七ヶ月、気づけばもう来週にはルナリア様は、ディアスキアに旅立ちます。それ故の、感傷なのでしょう。
「ありがとうございます」
本来なら、ルナリア様と一般人の私で手紙のやり取りなど出来ません。
けれどありがたい事に、皇妃様経由で送って頂けるようになったので――最初の読者であるルナリア様には、これからも清書した小説を送るつもり『でした』。




