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前編

海賊たちの朝は早くはない。しかし、その日は例外だった。

まだ日も明けやらぬ頃、見張りの番についていた船員ラシューは、慌てた様子で船内を走っていた。

彼が向かっていたのは、船内で最も警備が厳重な部屋。

その“船長室”と書かれた戸を叩き、返事も確認せずに開けると、


「船長、大変で——ってうわぁ!?」


台詞を言い終わるよりも先に、何かが飛んで

きた。

見れば、まだ寝ているはずの船長は不機嫌に歪めた顔で体を起こしている。

チッと舌打ち一つ、船長は苛立たしげに吐き捨てた。


「朝っぱらからウルセェんだよ」


しかし、その姿に威厳はない。

むしろラシューは非常事態だというのに、うっかり緩みそうになる頬を抑えるのに苦労していた。


何故なら、彼らの船長は屈強な大男などではなく、白いフリフリのドレスに包まれた華奢な幼い少女であり。

投げつけられたものは、荒くれ者たちの船には似つかわしくない物。

——ウサギのぬいぐるみだった。







この世界で、大海賊“宵の明星(ヴェスパー)”とその船長ザクレン・ラーダンガスを知らない人間はいないだろう。

あらゆる海を征し、あらゆる国を敵に回した伝説の海賊だ。

最も有名なのが彼の死様である。

およそ十もの戦艦に対し一人で応戦し、自分の船員全てが逃げ切ったのを確認した後、船に火を付け——何万もの宝と共に、海底へとその身を沈めたという。


そして今。

頑強な海の男であったザクレンは、可愛らしい貴族の少女サラファとして生まれ変わり、何の因果か再び海賊の長となっていた。


否、何の因果も何も、理由はハッキリしている。


きっかけは乗っていた客船が海賊に襲われたことだったが、彼らは金品を奪うだけで子供を攫ったりしない“良心的な海賊”であったし、客をむやみに傷つけるようなこともしなかった。

少し我慢すれば彼らは去っていくはずだったのだ。

そう、少し我慢すれば。


ただ、その我慢ができなかった。

スクッと、少女サラファは立ち上がると、


「やい野郎ども。俺の乗る船を襲うとはどういう了見だ? あぁん?」


おい、と怯えたようにその服を引っ張ってくる父親を無視し、不敵に笑って言い放った。

睨みつけ仁王立ちするというオプション付きである。


いくら“温厚な”彼らとと言えど、こんな挑発を放っておくわけにはいかない。

しかし、その挑発者が幼い少女であるという奇怪さが彼ら海賊を一瞬戸惑わせた。


その一瞬が命取りだった。


少女はその隙に、一番近くにいた者の剣を奪い、的確に首筋に手刀を食らわせて三人の男を気絶させた。


鮮やか過ぎて、事態を理解するのにうっかりまた数秒を要したほどだった。

そしてその数秒により、海賊の一団は制圧された。

それを正しく認識できたのは、船長と見破られた男の首に剣が突きつけられた時であったようだが。


「き、さま……! いったい何者だ……!?」

「貴様とは、ずいぶんな挨拶じゃねぇか? 俺が何者だろうとと、そんなんどうでもいいだろ。俺の要求を聞け。さもなくば巡回警邏船にお前らを突き出す」

「くっ……!」


呆然とする客を放置して、彼女は刃を首筋に食い込ませれば、男は分かった、と声を上げた。


「分かった、きさ……お前の要求を聞こう」


ニィッと少女の笑みが一層深くなる。

なら、と口を開いた。


「俺を、お前らの長にしろ」

「は?」

「伝わらなかったか? 俺を船長にしろ、と言った」


皮膚が薄く切れてピリッと痛みがはしるのにも構わず、思わず男は振り返った。

少女の瞳を見る。

冗談などではなかった。どころか、彼が今まで見たどんな男よりも強い瞳をしていた。


「……分かった」


意識を取り戻した数名の海賊たちが驚愕の声を上げたが、少女としては承諾を得ればこっちのものだ。クルリと両親を振り返った。


「母上、父上、世話になったな。しかしこれまでだ。俺はやっぱり陸の生活では満足できん。この船旅でそれが分かった」

「サラファ、お前いったい何を……」

「何、だ? 別れの挨拶だとも、父上。 俺はうっかり海に落ちたことにでもしてくれ。他の客さんも頼むぞ?」


乗客たちは一斉に頷いた。

関わりたくない。それが全てだろう。

早くベッドに入って何もかも夢だったのだと思ってしまいたいという心が、その表情から透けて見えた。


しかし、両親はさすがに納得いかなかったらしい。

手を伸ばし、サラファ、と再び名を呼んだ。


「しかしサラファ、お前は……!」

「悪いな、父上。俺には、やらなきゃいけないことがあるんだ」


少女はそれだけ言って獰猛に笑った。

その表情に、ああ、と父親の手がゆっくり落ちた。

諦めた、というよりも、諦めるしかないことを悟ったのだ。


それを見届けて、少女は海賊船に乗り込むと、もう、振り返ることはなかった。


その後。

どさくさに紛れて金目のものを奪われたままであることに乗客が気付く頃には、海賊たちが随分と遠ざかっていた。


そしてこの時、船内において船長就任を納得させるための説得|(物理)が行われているのは言うまでもない。






さて、話は冒頭に戻る。


サラファは、んぅと可愛らしく一つ伸びをすると、入ってきたラシューを強く睨みつけた。


「で、何かあったのか? 朝っぱらから大騒ぎしやがって」

「いや大変なんです! 近くに他の海賊船が!」


それを聞いて、少女はうんざりしたように顔をしかめた。

彼らの海賊団はけっして大規模なものではない。どころかむしろ、小規模な部類だ。

だからこそサラファが簡単に鎮圧できたのだが、しかし。


「海賊が海賊にビビってどうすんだよ」

「うぅ、すみませんっす……でも、海賊は海賊でも、ただの海賊じゃないんですよ! 伝説の海賊団“宵の明星(ヴェスパー)”の元副船長! ケヴァン・バナマ率いる“黄金の獅子(ゴールディオン)”団です!」


ピクリとサラファの肩が跳ねたが、ラシューはそれに気づかない。


「こっちは二十にも満たない小海賊、向こうは二百を超える大所帯! 争いになったらと思うと……!」


想像したのか、ラシューは体を抱いて震えた。が、次のサラファの台詞に一層震え上がることとなる。


「よし、じゃあ今からあっちの船に乗り込んで暴れて来ようか」

後編に続く→



にしても私の作品はどうしてこうロリショタが多いんだろう…

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