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 茂った熊笹の下で、琥珀は童女の姿で膝に顔をうずめて泣きじゃくった。

(どうしよう……)

 よりにもよって天翔丸に怪我を負わせてしまうなんて。

(どうしよう……天翔丸に嫌われたよう……)

 どうしたらいいのかわからず、琥珀はただ肩を震わせて、涙をぼろぼろとこぼして泣きつづけた。

 そのときふいに髪に温かなものがふれてきた。

「泣くな、琥珀」

 はっと顔を上げると、いつの間にか天翔丸がすぐ目の前にいて頭をなでていた。琥珀は跳びあがっておどろき、一目散に逃げだした。

「待て、琥珀!」

 数いる妖怪の中でも敏捷さに秀でている猫又の足に、翼のない天狗が追いつけるはずもない。天翔丸は一気に遠ざかった。

「琥珀、待てよ! こは……うわっ!?」

 琥珀がふりむくと、足をすべらせて転んだのか、天翔丸がうつ伏せで地面に倒れている。

 琥珀は恐る恐る声をかけた。

「て……天翔丸? 大丈夫?」

 呼びかけても返事はなく、天翔丸はぴくりとも動かない。琥珀はあわてて引き返した。

「天翔丸、しっかりして〜!」

 駆け寄って顔を寄せたところで突然天翔丸が起き上がり、首にしがみついてにっと笑った。

「つかまえた」

「あっ! 天翔丸、わざと転んだのね!? ずる〜いっ」

「おまえが逃げるからだろ。なんで逃げるんだよ?」

 琥珀は肩を落とし、耳と尻尾をしゅんと垂れた。

「うち、駄目やもん……」

「何が?」

「駄目やもん……」

「だから、何が?」

「全部……駄目やもん……」

 視界がぼやけ、涙がぽろぽろこぼれた。

「わっ、泣くなって! なんで泣くんだよ? 琥珀〜、頼むから泣くなよ〜」

 天翔丸の困った顔に、ますます涙があふれる。喜んでもらいたいのに、迷惑ばかりかけて、傷つけて、こんなにも困らせて。

 泣くと天翔丸を困らせてしまうのはわかっていたが、目を押さえつけても涙は後から後からあふれて止まらない。何をどうすればいいのかわからなくて、琥珀はひたすら泣きじゃくった。

 そのとき、耳にきれいな音が入ってきた。

 はっとして顔をあげると、天翔丸が横に座って笛を吹いていた。濃い闇の漂う山に、主の透きとおった笛の音が響きわたる。

 琥珀は目を閉じ、音色に耳をすませた。優しく温かい笛の音は天翔丸そのもの、大好きな音だ。聴いているうちにいつの間にか昂っていた気持ちが鎮まり、嗚咽が止まった。

 天翔丸は一曲を吹き終えると、袖をまくって傷のあった部分を見せた。

「ほら、薬をぬったから傷はもう治ったぞ。もう痛くもかゆくもないから心配いらない」

 たしかに傷は跡形もなくきれいに消えていた。天翔丸は衣の袖で涙をぬぐってくれながら言った。

「急に割りこんだ俺の不注意だ。おまえはぜんぜん悪くないんだから、泣くことないぞ」

 頭をなでてくれる手が気持ちよくて優しい。

(いつもこうや)

 いつも優しくしてもらうばかりで、何も返せない。

 何かお返しをしたくて、天翔丸に喜んでもらいたくて、琥珀は問いかけた。

「天翔丸はどんな外見(そとみ)がいい? うちね、どんな姿にだって変化(へんげ)するよ。天翔丸が好きな姿に化けるわ」

「姿なんて、なんでもいいよ」

 包みこむような優しい声で天翔丸は言った。

「子猫だって、猫又だって、子供の姿だって、どんな姿でも琥珀は琥珀だろ?」

「うちは……うち?」

「そう、おまえはおまえらしくしていればいいんだよ。いつもどおりにな」

 琥珀は膝を抱え、身を縮めた。

「せやけど、うち……天翔丸のために何かしたいんや。うち、天翔丸が好きやから……天翔丸にも好かれたい」

 突然、天翔丸が笑いだした。山中に響くような大きな笑い声に、琥珀は戸惑った。

「うち……なんかおかしいこと言うた?」

「あぁ、すごくおかしいぞ。だって俺はおまえのこと、とっくに好いてるのに」

 琥珀は大きな瞳をぱちくりさせた。天翔丸の言葉を胸の中でくりかえし、おずおずと聞き返す。

「……ほんまに好いてるの? うちのこと」

「ああ」

「せやけどうち、迷惑ばっかりかけて……」

「なに言ってんだよ。いつもごはん作ってくれるだろ、一緒に寝てくれるだろ、笛を聴いてくれるだろ、迷惑なんて一つもないじゃないか」

 きょとんとしていると、天翔丸が微笑んだ。

「おまえといるときが一番楽しいぞ。いつも一緒にいてくれて、ありがとな琥珀」

 琥珀の顔がぼっと紅潮した。耳まで真っ赤になり、胸がどきどきする。顔を見られるのが恥ずかしくて、袖で隠した。

 うれしくて、うれしくて言葉にならない。

「好いているのは笑ってるおまえだからな。だから、もう泣くんじゃないぞ」

 琥珀は目にたまっていた涙を袖でごしごしふいて顔をあげた。

「うん。うち、もう泣かない」

「よし」

 天翔丸はうなずき、満面に笑みを輝かせる。琥珀は天翔丸の頬に頬をすり寄せて、幸せいっぱいに笑った。

「天翔丸、だぁい好きっ!」

                    (終)


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