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ノームの終わりなき洞穴【Web版】  作者: 山鳥はむ
【ダンジョンレベル 11 : 邪神の迷宮】
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石の魔獣

(――見透かせ――)

 俺は意識を集中しながら右耳に付けた魚眼石アポフィライトの耳飾りに触れ、視覚を補助する術式を発動する。

『魚の広角眼!』

 術の効果で視界を広げ、神殿全体に注意を払う。


「ジュエル、ビーチェを連れて下がっていろ」

「うん、了解、ボス」

「クレス……ああ~」

 俺から引き離されるのを拒もうとするビーチェだったが、ジュエルに引っ張られて神殿の外へと連れて行かれる。

 そんな二人を、俺は振り返らずにそのまま見送った。

 目の前に残ったのは、翼を持ち尻尾を生やす悪魔の姿を模した古代式魔導人形。


石の魔獣(ガーゴイル)か……」

 制御用の魔導回路と、動力用の精霊機関を複数埋め込まれた高性能の魔導人形。

 古代遺跡では高い頻度で存在する守護者、それが石の魔獣(ガーゴイル)だ。


 厳密に言えば『魔獣』とは、動植物あるいは鉱物に幻想種が憑依して、分離不可能なほどに混じり合ってしまった存在のことを示す。

 こう表現するとジュエルが純粋な精霊ではなく、魔獣の類ではないかと疑ってしまうが、ジュエル曰く、鉱物と混じり合っているわけではなく、単に鉱物を集めて貯め込む精霊現象としての特性が貴き石の精霊(ジュエルスピリッツ)にはあるのだそうだ。

 そういった特徴で見るとガーゴイルは魔獣と言うよりも、石人形ストーンゴーレムと見なせる。石の魔獣という異名は、単に悪魔を模した姿形から由来するものに他ならない。


 ちなみに魔獣の中でも特に頭抜けた戦闘力や知能を持つ、災害級の存在は超越種と呼ばれる。

 魔導開闢期の中頃には八百万やおよろずの神々と称され、信仰の対象にもなっていたほどだ。


「旧時代の魔導人形とは言え二体、手の抜ける相手ではないな」

 二体のガーゴイルはそれぞれ、魔導回路の刻まれた長槍そして大鎌で武装している。

 ガーゴイル達は俺を挟んで向かい合うと、得物を構えて攻撃態勢へと移行する。

 俺もまた術式を一つ発動して『六方水晶棍』を創り出すと、これを肩に担いで姿勢を屈め、戦闘の構えをとった。

 敵との体重差を考慮して、取り回しよりも一撃の重さを選び、普段より大きな水晶棍を創り出している。

 故に長時間は戦えない、短期決戦になるだろう。

「解体して、その機構を全て暴いてやる」

 二体のガーゴイルとの戦闘が始まった。




 ガーゴイルは二体揃って大きく顎を開き、その喉の奥からゴボゴボと不気味な水音を漏らし始める。

(いきなり何の真似だ?)

 俺は警戒を厳にして、ガーゴイルの動きを注意深く窺った。

 何かする前に先手を打って仕掛けることも考えたが、相手は二体いる。一体は不意打ちで倒せても、もう一体を倒しきれないだろう。

(まずは回避と防御に専念しながら、様子を見るか……)

 攻撃に備えて身構えた俺に対し、片割れのガーゴイルが突如として開いた口から謎の液体を吐き出してくる。

『ゴハァッ――!!』

 圧力をかけて噴出した透明な液体は、広範囲に拡散して飛び散った。


 正体がわからない以上は回避一択である。

 液体を吐き出したガーゴイルから距離を取り、飛び散った液体を一滴たりとも身に受けることなく避けきる。

 そこへ、もう一方のガーゴイルもまた口から謎の液体を噴出してきた。こちらは一本に収束した液の噴流だ。

 避けきるのは不可能だった。

 反射的に構えた水晶棍で液体を受け、跳ね散らす。

 臭気はなく、腐食性でもない。粘性も低く、揮発性もない。

 何の変哲もない水のようだった。


(単なる水……? いや、それでも……)

 油断は出来ない。ただの水でも衣服を濡らされれば重くなり、動きは格段に鈍くなる。

 水浸しになった床は滑りやすくなって、足元をすくわれる危険もあるだろう。

「これがお前達の……初手ということか」

 あらかじめ決められた攻撃手順だったに違いない。

 動きを鈍らせた後、ここからがこいつらの本領発揮というところか。


 ガーゴイルは俺を挟み込んで左右から二体同時に攻撃を仕掛けてきた。

 重量感のある巨体からは想像もできない軽やかな動きで間合いを詰めてくる。

 背の翼は伊達ではないのか、一匹が風を巻き起こして飛び上がり、斜め上より滑空しながら大鎌を振るってきた。

(真っ向から受けてやる必要もない。ここは回避――)

 俺は飛び上がったガーゴイルの真下へ滑り込むように前へと走った。大鎌は俺の頭の上を掠めて、ガーゴイルは滑空の勢いのまま頭上を通り過ぎていく。

 前へと走り抜けた俺は、ガーゴイルの鎌をかわした直後に真横へ飛ぶ。そのすぐ脇を不気味な風切り音が走り抜けていった。


 風圧に煽られて体勢を崩しながらも、脇を通り過ぎたものの正体をしっかりと視界に捉える。

 槍だ。

 術式『魚の広角眼』で全周囲の視野を確保していたからこそ、余裕を持って背後から飛んできた槍を避けることができた。

 恐るべき速度で飛来した長槍は、神殿の壁に激突する前に不自然な風に巻かれ宙に静止した。

(あの槍! 風を操る魔導が仕込まれているのか――)

 後を追うように槍のガーゴイルが駆け抜けてきて、空中で槍を掴み取るとすぐさま俺目掛けて投擲してくる。


(――壁となれ――)

 俺は戦闘開始直後から魔導因子を流し込んでいた水晶の群晶クラスターをすぐ足元に叩き付けた。

『白の群晶ぐんしょう!』

 巨大な水晶群が壁となって投擲された槍を阻む。さらに、激突の瞬間に結晶が槍を包み込むように成長して完全に封じてしまう。


(これで一体目の武器は封じた。後は――)

 思考の途中で、俺は前方に体を投げ出し転がった。

 寸前まで俺が立っていた場所に、鋭い大鎌の先端が突き立てられる。

 水晶の壁を乗り越え天井から飛びかかってきた鎌のガーゴイルは、必殺のはずの一撃が避けられたと見るや、間合いの外へ逃げた俺に向かって大鎌を振るう。

 大鎌に刻まれた魔導回路が仄かに発光していた。


(――攻撃!? 間合いの外から――)

 直感に従い、咄嗟に水晶棍を盾代わりに構えた俺を強烈な突風と衝撃波が襲う。

 水晶棍で幾らか衝撃を分散するも、全身に痺れるような振動が伝わってくる。直撃をくらえば骨の数本は折れそうなほどの風圧だ。

 激震で体を硬直させている間に、槍を失ったガーゴイルが鎌のガーゴイルを飛び越えて俺に向かってくる。

「武器もなしに何を!」

 特攻のつもりかと思えば、槍を失ったガーゴイルは自らの爪を振るって攻撃を仕掛けてきた。


「ちっ、長い腕だ……」

 槍の間合いより短いとは言え、こちらの水晶棍より長さで勝るガーゴイルの腕。

 さらにこちらの死角を突いたつもりか、ガーゴイルの尾がしなる鞭となって足元を狙ってくる。

 交互に振るわれる刀剣のような爪と、棘の生えた鞭の如き尾を水晶棍で弾き返しながら、俺は背後に迫る鎌のガーゴイルを術式で牽制する。


(――世界座標、『欲深き坑道』に指定完了――)

『彼方より此方へ、愚者の金塊!』

 神殿の天井付近から、光の粒と共に金色の岩塊が次々と降り注ぐ。

 召喚媒体となった黄鉄鉱の魔導回路は立て続けに酷使され罅割れる。

 だがそれと引き換えに、召喚された黄鉄鉱の塊は鎌のガーゴイルを大きく後退させた。

 僅かの間だが、俺は槍を失ったガーゴイルと一対一の状況を作り出した。


(――今が勝機!!)

 ここまで防戦に回っていたが、一時だけ生まれた反撃の機会。

 俺は黄鉄鉱の魔導回路をその場に放り出し、六方水晶棍を両手で握り締める。

 水晶が青白い光を帯びて、その輝きを六角錐の先端に収束させていく。

 魔導因子の流れ、魔導回路の活性化をガーゴイルも感知したのか、まるで慌てたように俺の喉元へ向け鋭い爪を伸ばしてくる。


 ここに至り、相手の攻撃を受け流すだけだった水晶棍を初めて攻勢へと転じる。

 俺は半歩踏み込んで間合いを詰め、気迫の一声を発した。

「はぁっ!!」

 水晶の下部に手を添え、下段から跳ね上げる一撃でガーゴイルの爪を大きく弾き上げる。

 同時に、こちらの横腹を狙って伸びた棘の尻尾を水晶棍の柄で叩き落した。


 がら空きになったガーゴイルの腹部目掛けて水晶棍を突き込み、必殺の意思を柄から先端へと伝える。

(――撃て――)

焦圧石火しょうあつせっか!』

 解き放たれた呪詛は光芒一閃、青い電光となってガーゴイルを撃ち貫いた。

 ガーゴイルの全身を光が走り抜け、行動制御を司る魔導回路を完全に焼き切る。


「もう一つ!」

 槍のガーゴイルの沈黙を確認する間も置かず、俺は地面に放り出したままだった黄鉄鉱の魔導回路を拾い上げ、先ほど召喚された黄鉄鉱の塊に触れながら術式を発動する。

(――押し潰せ――)

 罅割れて、限界を迎えた黄鉄鉱の魔導回路が砕け散る。

 砕けながらも、最後の呪詛を放った。

『立方晶弾!!』

 俺の背後に迫ろうとしていた鎌のガーゴイルへ、黄鉄鉱の六面体キューブが弾け飛ぶ礫となって殺到する。

 爆発的な加速をもった金色の砲弾は、その質量と運動量でガーゴイルを打ち据え、頭部、四肢、胴体をばらばらに解体しつつ吹き飛ばした。


 勝負がついたのは僅か一瞬。

 あれほど軽やかに動いていた二体のガーゴイルは、子供に遊び尽くされた人形のように壊れ果てた。




「ボ~ス~? 終わった~?」

 神殿の入り口から間延びした声が聞こえてくる。戦闘音が止んだのに気が付いてジュエルが様子を見に来たのだ。

 戦闘が終了して既に危険がないことを、手を振りながら伝える。

「ああ、もう終わった――」

 入り口に向き直った直後、どすん、と胸に重い衝撃が加わる。

 俺の返事を聞き終わるより早く、神殿に駆け込んだビーチェがしがみついてきた。

「クレス! 無事だった!」

「当たり前だ。あの程度の相手に敗北などありえない」

「だけど、あんな大きな悪魔、二匹も……」

「あれは石の魔獣(ガーゴイル)。見かけは大仰に作りこまれているが、ただの魔導人形だ」


 俺の実力をよくわかっていないのか、どうにもビーチェは心配が過ぎるようだ。

 挙句の果てにこの娘はとんでもないことを言い出した。

「私も、戦いたかった……」


 ビーチェの呟きに、俺は無言で拳を振り上げ、軽く頭へと拳骨を落とした。


「痛ぁっ!? 痛い! 痛い、クレス!!」

 殴ったのは軽く一発だけだったが、三度も「痛い」と連呼する。

 実際の痛みより殴られたという事実がビーチェにとって大きいのだろう。涙目になって猛抗議してくる。

「お前が戦う必要なんてないんだよ」

「でもでも! 私だって精霊と契約した! 操獣術も使える! 役に立つことできるはず!」

 地底湖で以前、絞殺菩提樹と戦った経験がビーチェに妙な自信をつけさせてしまったのかもしれない。


 だが、ビーチェはわかっていない。

 身を守る為に戦う術は必要だ。しかし、それで積極的に戦いを挑む必要もない。

 危ないものなら近寄らなければいい。危機が迫ってくるなら逃げればいい。

 人並みの人生を送るのなら、わざわざ俺のように自ら危険へ飛び込むことはないのだから。


「……身を守る術は少しずつ教えてやる。だから、そう生き急ぐな」

 一度は殴りつけたビーチェの頭を、大雑把に撫でていたわる。

 ビーチェはまだ納得のいかない顔をしていたが、次第に自分から頭を擦りつけて満悦の笑みを浮かべる。

(これでいい。この娘はいましばらく、守られる立場でいることが幸せだ)


「さて……それでノーム達の様子はどうだ、ジュエル?」

 俺とビーチェが言い争いをしている間に、ジュエルの方は祭壇奥を掘っていたノーム達の様子を見に行っていた。

「まだ掘っているみたいだよ。ここ最近の崩落で塞がった通路が奥にあるみたい」

「掘り返すにはだいぶ時間がかかりそうだな……」

 神殿の祭壇奥ともなれば、特別な遺物でも眠っているかもしれない。このまま見過ごして先へ進む判断はないだろう。


「せっかくだ。戦利品でもいじくって時間を潰すとしよう」

 破壊されて動かなくなったガーゴイルを神殿の中央へ引っ張ってきて、ばらばらになった部品を掻き集めてくる。

「これ、どうするの?」

 恐る恐る壊れたガーゴイルに近づいて、様子を窺うビーチェ。俺はガーゴイルの部品を一つ一つ観察して、再利用できそうな部品を選り分けていく。

「精霊機関は無事なようだし、使えそうな部品を組み合わせて、都合よく動くように魔導回路を一部書き換える」

「ボス、ガーゴイルを修理する気? 古代の魔導回路って結構複雑だから、大変だよ?」

「修理、手伝う!」

 ジュエルもビーチェも何やかやと言いながら暇なのか、ガーゴイルの修復に付き合うようだった。



「ビーチェ、頭を固定しておいてくれ。ジュエル、水晶でこの割れ目を塞いで、隣に小指の太さほどの穴を開けろ」

「わかった。しっかり押さえとく」

「アイアイサー! 加工は任せてよ!」

 ビーチェとジュエルは俺の指示に従い、ガーゴイルの部品を修理していく。

 俺も魔導回路の修復と置換を行いながら、ばらばらの部品をネジと鋼線で繋ぎ、最後に銀糸で各部品の魔導回路を接続する。

「わぁ、形になったね! やればできるもんだー」

「修復前より強そう」


 ガーゴイルは二体分の部品を一つにして、新たな制御術式を組み込み生まれ変わった。

 欲張って腕を四本も付けてしまったので、長槍と大鎌の他に石英の円盾を持たせた。

 更に、俺が独自に創り出した魔導剣、『石変の剣』を携えたガーゴイルは、まさに阿修羅の如き威容を見せていた。

「ねえ、ボス。この魔導剣、随分と脆そうだけど大丈夫?」

 半透明な苦灰石ドロマイトの結晶を用いた刀身は肉厚で、何かを斬るような造りにはなっていない。結晶自体も水晶などに比べて柔らかく、殴打にも向いていない。

「この魔導剣はあくまで術式を発動させるためのものだからな。剣の形をしているだけの魔導回路だ」


 石変の剣に刻まれた魔導回路は、術式を発動させると細かい砂の粒子を飛ばし、対象物に付着して結晶化する。ガーゴイルの吐き出す水と合わせて、敵の動きを鈍らせるいやらしい補助攻撃となるだろう。

「でもさあボス? こんな深い場所まで、僕ら以外の侵入者って来るのかな?」

「さあな。その時が来たら活躍してもらえばいいだけのことだ」


 ガーゴイルは『その時』が来るまで、古代遺跡の番人として動かぬ石像となり再び守護に就くのであった。


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