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ノームの終わりなき洞穴【Web版】  作者: 山鳥はむ
【ノームの終わりなき道程 第六章】─ 永き幸─

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大狩猟祭


 曹灰硼石ウレキサイトの大型結晶板には森全体の様子とレリィの姿が映し出されていた。

 森の中を疾走する彼女の姿を広場に集まった大勢の村人が見守っている。これから起こる何かとてつもないことへの期待が彼らを静かな興奮状態へと導いていた。

 いったい何ごとが始まるのか、と飛行船墜落で村に身を寄せていた者達も見に来ている。彼らにとっては鬱屈とした気を紛らわす、盛大な見世物になることだろう。


 この場にいる村人にはおおよそ役割が与えられている。

 レリィが竜を狩った後に竜の死骸を回収する班、回収作業中に周囲を警戒する班、回収してきた死骸を素早く解体する班、保存食や素材としての処理をする班に大きく分けて、いつでも作業に入れるように待機させてあった。今はまだ、ぼけっと大型結晶板に映る森やレリィの姿を眺めているだけだが、すぐにのんびりとはしていられない状況になるだろう。


「レリィ、聞こえているか。応答しろ」

 レリィに渡しておいた紅玉ルビーの柱状結晶へ魔導で干渉し、不完全召喚の状態を保持する。召喚するのはレリィの声、そして同時に俺の音声を送還術で送ってやる。

『クレス? なにこれ? なんでクレスの声が聞こえるの?』

「お前に説明してもわからんだろ。そういう術式だと納得しろ。これから指示を出す。竜狩人りゅうかりうどとしての手本を村人達に見せてやれ」

『竜狩人だって……。なんだか恥ずかしいね、その呼び名』

「公認騎士が今更、肩書き一つ増えても大したことないぞ。それより、誘導の光はしっかり見えているか? 向かうべき方角が逸れているぞ」

『大丈夫! 森の中は綺麗に真っ直ぐ走れないんだよ。これでも最短距離で目的地に向かっているから』


 レリィが言うように真っ直ぐではないが、方向を修正しながら着実に目的地への距離を縮めていた。まるでレリィのために最初から道が切り開かれていたかのように、森の中を走っているとは思えないほどの速度で景色を置き去りにしていく。

 野性的な勘と長年に渡って森を歩き回ってきた経験から、レリィは迷いなく木々の薄い場所を選んで疾走していた。

「早いな。この速度なら、間もなく鋭爪竜ディノニクスの群れと接敵する」

『最初の狩りの目標は鋭爪竜なの?』

「そうだ。奴らは血の匂いに敏感で行動速度も速い。他の獲物を狩って放置でもしていたら、間違いなく死体を漁りに来る。回収に行かせる村人と遭遇でもすれば最悪だ。先に片づける必要がある」

『あ~、なるほど。確かにそうだね。先に狩るなら、あいつらか』


 レリィの声音が若干低くなった。狩人として幾度となく鋭爪竜とはやり合ってきたのだろう。昔、俺とレリィが初めて出会ったときのように。

「今の速度なら、接敵まであと十秒程度だ。鋭爪竜の群れは二十匹ほどで固まっているな。こんな大きい群れが村の近くを徘徊しているとは……」

『だいぶ間引きをさぼっていたんだろうね~。こまめに駆除しないから――』

 声が一瞬、途切れた。同時に、森の奥で翠色の閃光が瞬き、爆音と共に巨大な土煙が立ち上った。

 狩りが始まったのだ。

 曹灰硼石の大型結晶板に、次々と首をへし折られていく鋭爪竜の姿が映し出される。最初の一撃で盛大に数匹の鋭爪竜が吹き飛び、その後は土煙に紛れて的確に一体ずつ鋭爪竜の頭を弾き飛ばしていった。あまりの早業に鋭爪竜は棒立ちしたまま首を飛ばされていく。まるで出来の悪い映像作品の如く、現実味のないままに鋭爪竜二十匹の群れは頭のない肉塊と化した。


『ここは終わったよ、クレス。次はどこ?』

「……あぁ、ちょっと待て。今、次の群れの座標を指示する」

『次の群れって、また鋭爪竜?』

「この森には鋭爪竜の群れが多いからな。まずはこいつらの掃討だ。よし、次の目標を捉えた。誘導の光に従って向かえ」

『了解!』

 ずどんっ、とレリィが地面を蹴る音が音声召喚で伝わってくる。


 あっという間の殲滅劇に、その映像を見ていたはずの村人達も何が起こったのかいまいち理解できていない様子で、村の広場には困惑が感じられた。

 間抜けめ。ここは盛り上げるところだろうに。

 ……仕方がない、レリィがやり過ぎた分は俺が補助してやるしかないか。

「鋭爪竜、二十匹の群れを撃破だ! 全員、しっかりと目にしたか? これが一流の騎士の実力だ!!」

 理解が及んでいない村人達に向けて、わかりやすく実況を伝えてやる。

 それでようやく、村人達は今起きたことを遅ればせながら理解した。一拍遅れて、疎らな歓声が上がった。

 どうもまだ発破のかけ方が甘かったか。


「回収班!! レリィが二十匹の竜を狩ったと俺は言ったぞ!! つまりそれが、お前達が回収してくる竜の数だ!! 護衛班と共に森へ入る態勢を急いで整えろ! ぐずぐずしていると次の群れの討伐が終わってしまうぞ!」

 俺がそこまで言った途端、森の中で再び盛大な土煙が昇る。そして、チカチカと瞬く翠色の閃光。大型結晶板には次々と鋭爪竜の頭を殴り飛ばしていくレリィの姿が映っている。今度は三十匹近い群れで広範囲に散らばっていたのか、鋭爪竜共は散発的にレリィへと飛びかかってきては頭を潰されて死体の山を築く。

 一匹ずつ順番に殺されに向かっているように見えてしまうが、これはレリィの動きが速すぎて、鋭爪竜はニ、三匹同時に飛びかかっているのに圧倒的な速度で各個撃破されているだけだ。


「第一班、最初の狩猟地点へすぐに向かえ! 先導役は誘導の光に従って、先頭を進め!! 鋭爪竜はそれほど質のいい獲物ではない。雑でもいいから、素早く回収を済ませて戻れ!! これだけの狩猟の手際なら、第一班も回収が終わって即、次の地点に向かってもらうことになるぞ!」

 これだけの説明をしたところで、村人達がようやく大慌てで動き出した。何の指示も出していないが、解体班も既に二十匹の鋭爪竜が回収されてくるという事実に、大急ぎで迎え入れる準備を始めている。鋭爪竜は肉が固いし、皮も色柄が微妙だが、素材としては十分に活用できるものだ。爪は鋭く狩猟武器の穂先などにも使える。村にとっては無駄にできない資源である。

『クレス、終わったよー。次の指示をお願い~』

 そうこうしている内にレリィが二つ目の群れを殲滅していた。馬鹿みたいな速さだ。レリィのやつ、村のためと気負って張り切り過ぎだ。


「第二班も回収と護衛の人員を確認次第、出発! 第三班は集合できているか? 次は少し村から離れた場所になる。レリィが狩りを始める前に出発だ!」

『クレス~?』

「レリィは少し待て! ……次の座標を指定した。第三班! 先導役に、レリィと同じ座標への誘導を指定した! さっさと行け! 追いつかなくなるぞ!!」

 飛び出していった第二班を追うようにして第三班も出発した。レリィも座標指定が済み次第、即座に目的地へ向けて走り出している。


(……予想以上にレリィの狩猟速度が速い。回収班が不足するか? 状況次第で護衛班も回収に動かすべきか。これだけ短時間に竜の大きな群れを潰したなら、付近の危険度は下がっている。監視さえ怠らなければ、その方が効率的だ。解体班は減らせないな。すぐにこの広場も修羅場になる……)

 今日一日でレリィがどれほどの数の竜を狩るのか。それを考えると、村人総出でも一晩のうちに解体と処理が終わるものか怪しくなってきた。

 最悪は俺が氷結系の呪術でも使って、素材が腐らないように時間稼ぎをすればどうにかなる。

 しかし、あまりにも俺とレリィだけで事を済ませてしまっては、本当の意味でこの村のためにはならない。ギリギリの限界まで村人達には頑張ってもらうとしよう。平時では得難い極限の経験こそが、村人達にとって一番の財産になるのだから。


『ここの群れも倒したよ! 次は?』

「レリィ、お前は暇なら、そこらの木にでも竜の死骸をぶら下げて血抜きが進むようにしておけ! 回収班が拾える高さに限ってだぞ!」

 次への準備万端で音声を送ってくるレリィに、しばらく簡単な作業をさせて進行速度を抑える。その間に回収班の数を増やす手立てを考えた。

「……第四班! お前達は回収班と護衛班を半々ずつ組み合わせて再編成だ! 護衛班も回収に回れ! これよりその二つの班を第四班および第五班とする。万が一の場合に備えて、元護衛班は武器を持っていけ!」

 すぐにも次の狩りに向かおうとするレリィを止めて、俺は班の再編成を急いだ。



 大型結晶板の映像で第一班がようやく最初の狩場に到着した。村から一番近い位置にあった狩場で、俺が誘導してやったのもあって四半刻とかかっていない。

 一方で、この間にレリィはもう一つ別の鋭爪竜の群れを殲滅していた。

 数多くの竜の死骸が横たわる光景を、第一班の村人達は呆然と眺めている。

「第一班!! ぼんやりしている時間はないぞ! 回収に使う頭など必要ない! 何も考えず、とっとと死骸を拾って戻ってこい! 解体班がお待ちかねだ!」

 第一班の先導役に持たせた紅玉の柱状結晶に魔導干渉で怒声を飛ばす。

 慌てて鋭爪竜の死骸を運び始める第一班。俺は彼らが問題なく鋭爪竜の死骸を拾って、村へと戻り始めたところで他の班にも指示を出していく。


「第二班、到着したな? 死骸を回収したらすぐに村へ戻れ。辺りに他の猛獣はいない。護衛班も回収を手伝え。第三班! まだ何の荷物も持っていないだろうが、もっと急げ! そちらは距離が少し遠い。獲物を運んでくる途中にも血抜きが続けられるように首は下に向けておくように。到着したら俺が指示を出さずとも速やかに作業へ入れ」

 次々と送り出した回収班に指示を出していく。俺は森の中にいる竜種や他の猛獣共を逐一把握しながら、回収班が安全に作業できるようレリィを狩りに向かわせる。そうするとまた竜の死骸が増えて回収班を向かわせないといけない……。


『クレス~。次は~?』

「がぁあっ!! 回収班が間に合ってない! レリィお前も仕留めた獲物を村まで運んで来い!! 解体班の手を遊ばせておく時間がもったいない!」

『はいはい。じゃあ、今仕留めた角蜥蜴竜ケラトサウルスは持って帰るね』

 簡単そうにレリィは言うが角蜥蜴竜は中型肉食竜で、一般人が運ぼうと思ったら、十人から二十人の大勢で持ち上げて台車に載せる必要がある。これだけの大物だと村人には荷が勝ちすぎる。


 そして、なんだかんだで一番先に村へ戻ってきたのは角蜥蜴竜を担いだレリィだった。

「あーくそっ! 鋭爪竜で解体練習してから、大物に移ろうと思っていたが……先に届いたものは仕方ない! 角蜥蜴竜から解体に入るぞ! 鋭爪竜なら多少雑でもいいが、角蜥蜴竜は悪くない素材だ! 慎重に、だが手早く解体をしていけ! 皮はなるべく大きく剥ぐんだ! 動物の解体に慣れてない奴は手を出すなよ! どうせすぐ、鋭爪竜が大量に運ばれてくる。経験の少ない者はそちらを待って解体の練習をしろ!」

「最初はあたしも手伝うよ。これだけ大きいと少し動かすのも、大変でしょ」

 角蜥蜴竜の解体は村人でも比較的解体に慣れたものが総力で当たった。これだけ大きな竜を捌いた経験はほとんどないのか、誰もが及び腰ではあったが、そこは経験のあるレリィが的確に指示を出していき解体作業は速やかに行われた。


 そうこうしているうちに第一班も村へ戻ってきて、鋭爪竜二十匹が解体に回される。

 解体に慣れていない者も見よう見まねで作業を行うが、大抵は売り物にならないくらい皮を傷つけてしまったり、最悪なことに内臓を傷つけて糞を溢れさせている者もいた。それでも普段から動物の解体をしている村人などは、どうにか内臓を傷つけずに肉と分離することに成功していた。

「処理班! 解体が終わったものから、川へ持っていって肉の洗浄と冷却をしろ。解体で一息ついていいのは、そこまでやってからだ! 班分けしたのはこのためだぞ! 余計な時間をかけるな!」

 仕留めたばかりの肉は生前の熱を持っているため、放っておくとすぐに傷みだす。血抜きをして、腐りやすい内臓も取り出して冷やすまではとにかく時間が勝負だ。この手際が良くないと肉に臭みが残ってしまう。


 拙いながらも回り始めた竜の狩猟と解体の祭り。

 山奥の寂れた村に、むせかえるほどの血臭が立ち込めていた。



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