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ノームの終わりなき洞穴【Web版】  作者: 山鳥はむ
【ノームの終わりなき道程 第一章】─ 幸の光 ─
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隣を歩く人は

 二か月の長旅を経て、硝子の砂漠での調査は完了した。今は無事に騎士認定試験に合格したレリィを連れて、正式な登録を済ませる為に騎士協会へと馳せ参じている途中だった。

「ところでお前、これから騎士協会の本部に出かけるというのに……、服はそれしかなかったのか?」

「だって、以前に着ていた一張羅は焼けちゃったから……」

「……あれもあまり上等な服とは言えなかったが……」

 レリィの服装は袖の長い白の羽織と丈の短い腰巻、それに脛当てといった何ともちぐはぐな恰好をしていた。護身用に持ち歩いている水晶棍がなければ、騎士どころか用心棒にも見えないだろう。

「曲がりなりにも騎士になったんだ。それらしい服装でないと格好がつかないぞ。動くのに邪魔でないのなら、軽装の鎧ぐらいあってもいいぐらいだ」

「えぇー? 鎧なんて大仰だなぁ」

「その感覚を庶民的と言うんだ」

「いいじゃない。庶民派の騎士で」

 六角柱の水晶棍をくるくると回しながら陽気に振る舞ってみせる。以前は布で隠していた水晶棍も、今は結晶術士の騎士であることの象徴として、堂々と肩に担いでいた。

 巨大な水晶の屈折光を、四方八方にぎらぎらと散らす様は庶民派と言うのか微妙な気もしたが、どちらにしても現状はこの装備が一番まともなのだと言う。

「しかし、そうは言ってもな。仕事の依頼主が貴族であることも多いんだ。パートナーのお前がそんな格好では、俺の財力まで疑われる」

「……そこは品格とかじゃないんだ……。何で財力?」

「俺の工房が貧乏臭いと思われては困る。高級志向なんだ。店の評判に関わるだろ」

 かく言う自分も、広告塔として自ら宝飾品を付けて歩いている。猫目石キャッツ・アイの首飾り《ペンダント》や、銀と黒曜石の腕輪ブレスレットなど、あくまで嫌味にならない程度にさりげなくではあるが。

「ああそう、納得しました……。でも、騎士になったばかりで貯金も少ないからなぁ。服は欲しいけど手が出ない」

 ない袖は振れぬとレリィは開き直っているが、物が溢れている首都で何一つ買い物ができないというのは惨めなことだろう。

 同情の余地はある。自分の感覚としても、無駄な贅沢は敵だが貧乏臭いのはもっと嫌だ。

「仕方のない奴だ……」

 そう言って眉をしかめつつ、懐から財布を取り出す。その様子を見たレリィは急に落ち着きをなくして、宙に視線を彷徨わせる。この田舎娘のことだ、男性に服を買ってもらうなど初めての経験なのだろう。

 期待に瞳を輝かすレリィに金貨を一枚渡して告げる。

「年利率五%で貸しだ。これで、もう少しまともな服でも買ってこい」

「貸しなの!? しかも利子まで取る!? うぅう~、この守銭奴! ケチケチ魔王!!」

「だ、誰がケチだ!? 厚意で金を貸してやろうとしたのに!」

「うるさい! 甲斐性なし! 服の一着や二着、ぽん、と買ってみせなさいっての!」

「どうして俺が代金を支払わなければならないんだ? お前の服だろ」

 そもそも彼女は借金まである身だというのに、それを返さない内から他人に物を強請ねだるというのは無遠慮ではないか。

 せめてもの奉仕の心で、金貨一枚を格安の利子で貸し付けてやろうとしたのに、レリィはこの親切がどうも気に食わなかったらしい。

「……それなら、この服のままでいい。君が恥をかいても知らないから!」

 ひどく冷淡に、自分が新しい服を買うことはないと宣言する。

 その口調には本気が読み取れた。

「……それは困る……が、無償で他人に物を与えるというのは抵抗が……」

「今度から、普通の村娘の格好で仕事に行こうかな。昔、使っていた野良仕事用の――」

「待て待て、待て! 自分を貶めるのもその辺にしておけ! 買ってやる、一着ならな」

 思わず口走ってから、言質を取られたと気づく。だが、今日のレリィはここで更にもう一押しをしてきた。

「――本当に?」

 疑わしげに確認をしてくるレリィに、血でも吐くようにして言葉を続けた。

「……ああ、ついでに鎧も見繕ってやる。中途半端は格好が悪いからな」

「いっ……やったぁ~! わっはーい! ついにケチケチ魔王のクレスがお金出した! しかも鎧まで!」

 思わず拳を握りしめて、勝利の雄叫びを上げるレリィ。街行く人は何事かと振り返り、こちらは痛恨の表情で「のせられた……」と嘆くほかない。

「よーし、それなら協会に行く前に服を買おう! ほら、早く! 君が全額負担するんだからね。全額負担!」

「こいつ、調子に乗って――! ……後で、ぼろぼろになるまで働かせてやる……!」

 今日も朝から薄暗い街の大通り。

 悔しさの滲み出る怨嗟の声は小さく、手近な衣装店に飛び込んだレリィには届かない。

 雑踏の中、誰の耳に入るでもなく、呟いた呪詛は曇り空へと吸い込まれていった。


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