新しい住処
鬱蒼とした樹海を抜け、山の中腹にあった何かの巣穴を覗き込む。人が四、五人くらいなら横になれそうな空間があった。
幸なことに中はからっぽで空いている様子だった。
薄汚い穴の中、そこで一夜を明かすことになってしまった事に、怒りと悲しみ、悔しさと惨めさが入り混じって泣きたくなった。
王国認定の準一級術士である自分が、こんな境遇に陥っている事実。
「ボスー? ボス~! 何で泣いているのー?」
能天気な少女の声がすぐ後ろから聞こえてくる。
「うるさい! 泣いてなどいない!」
ボス、と呼ばれた俺はゆっくりと声の主を振り返った。
幼さを感じさせる声を出していたのは、一見して十歳前後の少女の容姿。
特徴的なのは翡翠のように滑らかな薄緑の肌に銀糸の髪、大粒ルビーの紅い瞳と透き通った水晶の二枚羽。普通の人間よりも大きな瞳をさらに見開いて、硬質の羽を忙しなく羽ばたかせて低空飛行している。
……明らかに人外の者であった。
「でもボス、目が潤んでる。ほら!」
妖精のような愛らしい姿で近寄ってきたその人外は、何をとち狂ったのか俺の目を指先で突付いてきた。
「ぎゃおぉ!」
痛みで目から涙がぼろぼろと出てきた。
「ほらほら! 泣いてる!」
痛みと怒りで目の前と頭の中が真っ赤になった俺は、辛うじて開いている潤んだ片目で無邪気な人外を視界に捉え、思い切り拳を振り下ろした。
「全部、お前の所為だろうが!」
ごっ、と岩を殴りつけたような音と感触がする。
「痛ぇーっ!」
「ボス、大丈夫~?」
まさしく石頭か岩肌とでもいうべき硬さのモノを殴りつけてしまい、拳の皮膚が軽く破れ、血が滲む。
八つ当たりさえ許されない、全くもって最低な状況だった。
そもそも何故こんな山奥で野宿することになったのか、それは他でもない目の前にいる人外が原因だ。
その経緯を思い出すだけで、俺は胃の中身が沸騰しそうなほどの怒りを感じていた。