世界の真理
[Dec-24.Sun/00:00]
「考えておけ。あの女を助けたいのならな」
それだけ言い残し、殺戮狩人はキチンと礼儀正しく、玄関から去って行った。
正味な話、僕の繊細なるお脳様はショート寸前だった。バッテリーが上がりまくってる。
「……いったい、何なんだっつの」
呟いて、ソファに倒れ伏せる。
手に握ったままでいた、僅かに温かい自動拳銃を昨日同様テーブルの上に置き、天井を眺める。
(ルーナ、逃げ切れたのかな……)
心中で囁き、目を瞑ると同時に、ポケットの中のケータイから着メロが漏れてきた。
非通知だった。
「はい、もしもし?」
『あぁ、時津か。これからデモやるから付き合えよ!』
声の主は、クラスメイトの柏田だ。
決して仲がいい訳じゃないが、《子供同盟》のデモ行進でたまに話す。まぁ、言わば戦友という奴だろう。
「……ポイントは?」
と僕が聞くと、
『6−G。今回はN大の奴らもついてて、かなりの人数があるからな。やりがいがあるよ!』
意気揚々と、柏田は答えた。
「開始はいつから?6−Gってどんなルートを使っても、僕の家から二〇分ぐらいかかるんだけど……」
『〇一〇〇(マルイチマルマル)時からだ。遅れんなよ!?』
柏田は叫ぶと、一方的に通話をきった。
本音を吐くと真冬の深夜にやりたい事ではないのだが、信頼を勝ち取る為には致し方ない。
僕はいつもとのダッフルコートは違う、真っ黒なコートを羽織り、フルフェイスヘルメットを腰に持つ。
ユニフォーム……という訳ではないのだが、デモに出る時、僕はいつもこの格好だ。
「さて……」
念の為としてコートの内側に、自動拳銃、スローナイフ、コンバットナイフ、非致死性手榴弾を次々に納めていく。
先程の、デモ仲間との通話に使ったケータイとは違う、レシーバーより僅かに小さいぐらいのケータイを取り出す。
衛星を通じて電波を飛ばす衛星ケータイだ。
これならば、例えトンネルのど真ん中にいようとも、冷蔵庫に閉じ込められようとも、地下鉄が走っていようとも、北半球ならばどこにだってかけられる優れ物だ。
唯一の難点は重くてかさばる事だろうか。当然、自衛隊に支給された一品だ。頭に叩き込まれた数字を軽快に押し、耳に当てて待つ。数回のコール音の末、男が出た。
『君から電話をくれるとは珍しい』
「これから、大規模なデモが始まる。僕も参加する」
男の軽口を無視し、僕は要点だけを伝える事にした。
『ふむ……ポイントは?』
「6−G……いや、これは組織内の通称か。僕らで言えば五−E−五だ。制圧の方、よろしく頼むよ」
『分かった。君も、逃げ延びれよ』
「誰に向かって言ってる」
それだけの会話だった。
さて、行くとするか。特殊部隊としての僕じゃなく。
高校生としての戦場へ。
[Dec-24.Sun/00:20]
ポイント6ーGは、僕のマンションより二駅向こう……学校に行く時と同じ駅を降りればすぐの所にある。
ルーナ達と出会った、通学路にも使っている公園程ではないが、かなり広い公園にはガラの悪い青年が大勢、たむろしていた。
「よう時津!元気そうだな!」
「久しぶり!」
と、高校生や大学生から声をかけられる度、僕は愛想笑いをしながら手を振った。
僕ら――陸上自衛隊特殊部隊『聖骸槍』の皆は、ニュアンス的にはすでに就職している様なものだ。
それなのにわざわざ、自由の利きにくい中高生で構成されているには理由がある。
一つ目の理由は、《子供同盟》のスパイである。
デモ行進は、最近では死人すら出る程に過激化している。
これを解消する為には、より多くの人員と装備で、組織を圧倒する他ない。
その為の潜入捜査員が僕ら、聖骸槍部隊だ。
まぁ尤も、僕らですら知らない『海銛槍』と呼ばれる潜入捜査部隊が実は潜んでいるという噂は絶えないのだが。
そいつらは僕らが不用意に情報を漏らさない為の監視者もやらせているのだとか。
(あの男ならやりかねないが……僕らに接触させないのは、人間関係を複雑にしない為か?)
今まで他人だった人間同士が急に仲良くなれば、誰だって怪しむ。
いやそれ以前に、実はもうすでに接触しているのか?僕の近しい友人として、監視しているんじゃないのか?眞鍋か?真北か?
疑心暗鬼に駆られる。
絶対にそういう世界に来て欲しくはない親友二人でさえ怪しく思えてくる。
閑話休題。
二つ目の理由は、《神ノ粛正ヲ下ス使徒》は四年前の時点で小学校高学年程度だったというささやかな情報。
つまり今、僕らは《神ノ粛正ヲ下ス使徒》構成員と同じくらいの年齢であるといえる。
でもまぁ、殺戮狩人は……二十歳ぐらいだろう。
多分アレは、情報が途絶えた時期に入った下っ端だな。うんうん。
それはそうと、こうして内側からジワジワと追い詰めようというのが、聖骸槍なのである。
この作戦に効果があるとは思いがたいのだが……今現在では致し方ない。
一つ目の理由――《子供同盟》の制圧だけでも良しとしなければ。
[Dec-24.Sun/00:30]
フゥ……。
耳に大量のピアス、口に一つのピアスが目立つ、金髪の青年は紫煙を吐き散らし、霧散させた。
髪は短く、しかし襟足だけが異様に長く、肩より垂れ下がっている。
そんな彼は、建設現場の『安全第一』ヘルメットを首から下げた男に声をかけられた。
「おい、秋良!俺にも一本くれよ!」
青年・秋良 ヒルベルド。
クォーターである。右目は日本人の焦茶の瞳だが、左目は英国人の銀色の瞳である。
アキラは煙草のパッケージを取り出し、中から一本だけ引き抜き、安全第一に放り投げる。
終始無言で、無表情を崩さない。煙草を受け取った安全第一は
「サンキュ!」
と笑いながら、それをくわえて火をつけた。
(あ〜ダリィ……一昨日と昨日で疲れてるってのに……今日も働くのかよ)
頭を掻き、煙草を吸って主流煙を肺まで誘う。
ニコチンが肺に満ち、酸欠状態に陥り、奇妙な浮遊感を全身で感じる。
彼は、煙草のそういう感じが好きだった。
いつも重たい煙草ばかりを吸っている。時には、フィルターを切ったりもしている。
ふと、アキラは集まってきた反政府組織の面々を眺め、一人の少年を発見し、
「ブッ!」
とくわえていた煙草を吐き出した。彼にしては珍しい事に。
吐いた際に副流煙を吸ってしまい、しばらく咳込むがなんとか顔を上げて少年を見た。
そこには、神殺槍がいた。
(ちょ……ハァ!?マジか?マジDEATHか?なんでアイツ、ここにいるんだ?いやそれより、アイツって俺と同じ組織だったのか。
でもアレ?政府側の人間のハズなのに、どうして反政府に――)
思案を重ね、アキラは気付いた。
(潜入捜査員か……)
だとすると……ここにいるのはマズいんじゃないか?デモが始まった途端に、自衛隊やら警察やらに取り囲まれる可能性がある。
(なぁる程……あのガキ、粋な真似をしてくれる)
新しい煙草に火をつけながら、アキラはほくそ笑む。
(別に、俺はこの組織に興味ないし……今日のところは一抜けしとくかね)
フルフェイスヘルメットを腰に持ち、アキラは集会場所を後にした。
気付いた者はいなかった。
[Dec-24.Sun/01:15]
一時にデモは始まり、結果は反政府組織の惨敗に終わった。
近所の人に通報されたのか、進行方向に約二倍の数を導入されれば、組織に勝ち目はない。
集まった人間は約一六〇人で、その半数の八〇人は拘留される事になった。他は逃げ延びたのだ。
まぁ、通報したのは僕なんだが。当然、逃げ延びた。
組織はその場で戦略的撤退を果たし、僕は政府の手の届かない裏路地を経由して、いつもの帰路についていた。
一般にデモと聞くと、想像されるのは、当局に申請したコースをダラダラと歩く穏健な物だろうが、《子供同盟》のデモはそうではない。
武装デモと呼ばれる剣呑なものであり、平気で火炎瓶や投石を行う。
それを警察や自衛隊はジェラルミンの盾や警棒を用いて時には押し潰し、時には殴りつけてまで制圧する。
スタングレネード(テロ制圧用非致死性手榴弾)を使う時すらある程だ。
「疲れたな……」
僕個人としては、その意味すら理解していない。
基本方針を理解したフリをして事に当たってはいるものの、まず信頼し得る物ではない。
政府に反抗して、それで何が得られるというのか。
《子供同盟》なんかを創ってどうしようというのか。僕らが右往左往しても未だに尻尾すら掴めない様な相手を、素人が倒せるというのか。《神ノ粛正ヲ下ス使徒》はそんなに甘い相手ではない。そこをまるで理解していない低能が、ただただ反抗する事が格好良いと思っている。
僕には、全く理解できない。
「テメェらみたいな、ただの阿呆が夢見てんなよ」
言葉は白い吐息と共に、宵闇に溶ける。
全てを任せろとは言わない。自ら戦おうとせん姿勢は尊敬に値する。
だが、その結果が政府の足を引っ張り、一般人に迷惑をかけている事に、何故、気付かない。どうして気付けない。
所詮、それだけの邪魔な存在に過ぎない。
低能と呼ぶにも口惜しい、ただの無能は消えてしまえばいい。
あの公園に差し掛かり、不意に彼女の事を思い出した。
吸血鬼の女、漆黒真祖。
《神ノ粛正ヲ下ス使徒》の一人だった、でも聖骸槍の僕が助けた、一人の女。
「ルーナ……逃げ切れたのかな」
あのイカレ野郎、殺戮狩人から。
……やめよう。もう、逢う事もない。
僕がそう、諦めにも似た感情を思い描いた時――。
「カナ……タ……」
――背後から、声が聞こえた。
逢えないと思っていた、漆黒真祖のか細い声。
ギチギチと。首の骨が鳴く程ゆっくり振り返ると、そこには
[Dec-24.Sun/01:40]
漆黒真祖・ルーナがいた。
腹部を押さえ、息も絶え絶えな。
「……お、前。……どうして、この街に」
てっきり、あのまま、空を飛んで別の街に行ったのかと思っていたのに。
ルーナ・カトールレゲナ・ブラチネットは確かに、僕の前に――
「ゲホッ!」
唐突に、ルーナが血を吐いた。
驚愕に目を剥く僕の視界に次に飛び込んできたのは、腹部に付着した、赤黒い染み。
血だ――。
「おい、ルーナ!大丈夫か!?」
僕は全速力で、ルーナに駆け寄った。
膝をついてうずくまるルーナは、傍目から見てもヤバそうだ。
「殺戮狩人か!?」
「うん……ちょっと、刺されちゃってネ……」
「刺され……って、昼からずっと、何の治療もしていないのか!?」
昼に交戦したと、殺戮狩人は言った。
つまりルーナは、昼からずっと、こんな苦痛を味わっていたのだ。
「とにかく今、病院に――」
行ってどうする?吸血鬼だと説明するのか?それは果たして、本当に正しい選択なのか?
僕は、ルーナの肩を抱くしか出来なかった。
改めて、自分とは違う存在なのだと、実感した。
「ちく、しょう……」
「アハハ……別に、君が気に病む事は、ないと思うけどね。刺したのは殺戮狩人で、治療しなかったのは――ゲホッ、ゴホッ――私なんだ、し」
「しなかったんじゃなくて、出来なかったんだろ?」
頼る者がいないから。
ルーナは答えない。口元は新しい血で染まり、でも微かに微笑みが浮かんでいて。
「フフ……この程度なら、死なない。吸血鬼の……真祖は、しぶといのよ」
「……。とにかく、話は後だ。僕の家に連れていく!」
「うん……ありがとう。ごめん……ネ」
それきり、ルーナは喋らなかった。どうやら意識が堕ちたようだ。
僕はルーナを丁寧に背負い、夜の街を全速力で疾走した。
[Dec-24.Sun/01:45]
「大地天使。報告。烈空天使、召集拒否。不敬、制裁必要有。許可申請」
どことも知れない空間で、純水天使は目の前で椅子に座したまま微動しない長身の男・大地天使に報告した。
前髪は両目を覆い、目は隠されている。
長い髪を後ろで束ねる男・大地天使は、フムと鼻を鳴らす。
「まぁ、いいんじゃないかな?今回の会議は漆黒真祖の処理の方法だけなんだし。捨て置きなよ、彼にだって予定はあるんだろう」
「然、不当処置、不敬」
チャカ……。
不意に背後から物音が聞こえ、純水天使は大きく飛び退いた。
「純水天使ちゃん。別にいいじゃない、あんな奴いなくたって。大地天使も言った通り、今回の召集はあの女をいかに処分するかなんだし。烈空天使は殺戮狩人に殺させようとしているから、むしろ邪魔だ。そうは思わないかい?」
メガネをかけた爽やかな青年は、チェコ製の自動拳銃を腰元に収めながら、にこやかに言う。
拳銃さえなければ、まことしやかに好青年なのだが、今は多大な違和感を抱かせるだけだ。
「……知恵天使」
ボソリと、純水天使が呟く。
「まぁ、それもそうね。楽しむ為だけにここにいるような奴だし……足引っ張られてもねぇ」
いつの間にいたのか、フッと空間に現れた女・悠久天使は笑いながら同意する。
「判然、どうでもいい。早く首脳会議を始めるぞ」
大地天使の隣の席で腕を組んで座っている男・魔術天使は無愛想に言い放つ。
「そうそう。いない奴と言えば、慈愛天使と残虐天使の双子と、火焔天使もいないみたいね。全く、何を考えているのやら……」
「き、きっと彼らにも、予定があるんですよ。私達は、いつもは日常に溶け込んでいますから。そ、その分……私達が頑張りましょう!」
火のついていない煙草を口にくわえているショートカットの女・執行天使が吐き捨て、三つ編みでメガネの少女・審判天使が未だ見えない別の天使をフォローする。
「とりあえず、皆、席に着け。漆黒真祖の処理方法を考えよう」
知恵天使の提唱に、皆が渋々と指定された席に着く。
「あたしはごめんね。サボってる奴もいる訳だし、帰らせてもらうわ」
「悠久天使……貴女、自殺願望?」
ガタッと激しい音をたて、出口に向かう悠久天使を睨みつけながら、純水天使が立ち上がる。
その小学生サイズの小さな手には、イスラエル製の大口径自動拳銃が握られている。世界で二番目の破壊力を誇る拳銃だ。
「アンタこそ……殺すよ?」
「試行覚悟」
バッ、と両者が同時に銃を構える。
悠久天使の手にはいつの間にか、リボルバーが握られている。
撃鉄を下ろし、お互いが必中の一撃を撃ち込もうとした瞬間――!
『やめとけ』
一瞬で二人の懐に、別の天使が潜り込んでいた。
純水天使には執行天使、悠久天使には魔術天使が。
「泰然、それ以上の狼藉は捨て置けん」
「殺すよ?」
魔術天使、執行天使が同時に言い、拳銃を捻って取り上げた。
「帰るんだったらさっさと帰んな、悠久天使。会議の邪魔だ」
と、執行天使。
「果然、純水天使。もう少し大人になれ」
と、魔術天使。
緊迫した空気が流れる中、それを壊したのは悠久天使だった。
「あ〜ぁ、興醒め。じゃあね、バイバ〜イ」
魔術天使からリボルバー拳銃を奪還し、悠久天使はどこぞの部屋を後にした。
「二人とも、ご苦労様。ささ、席に着いちゃってよ」
大地天使が人懐っこそうな笑顔で提案する。
席を立っていた二人は、それぞれの席に座る。
純水天使はばつの悪そうな表情のまま、座った。
「と、トラブルはいけませんよぉ!」
ハラハラと慌てふためきながら、審判天使。
「いいね、君のそういう、緊張感のない声は。場が和むね」
知恵天使はケラケラと笑いながら、メガネを押し上げた。
「たった五人だけになっちゃったケド……そろそろ会議を始めようか」
「賛成だね」
クスリと大地天使は微笑い、円形の卓上に揃った四人の天使の顔を眺め、
「ゲームを始めよう。吸血鬼狩をね」
宣告した。
[Dec-24.Sun/02:40]
落ち着かない。
僕は今、リビングのソファに身体を預け、眠ろうとしている。
……しているのだが、寝付けない。
現在、僕のベッドではルーナが眠っている。傷の手当ても済み、好調だ。
吸血鬼の再生能力(ルーナ曰く、『再生』ではなく『復元』だそうだが)には驚かされる。あれだけ出血していたのに、包帯を巻き直して外気を絶つと同時に、恐ろしいまでの速度で薄皮が張られ始めたのだ。
これには、『浮遊』や『変態』の時以上に驚かされた。
そんな彼女が今、僕がいつもいる部屋で、僕がいつも寝ているベッドで寝て、い、る――。
……あ〜、なんか、思考がエロい方向に行きかけたな。
(いやいや、寝ちまえカナタ!起きてたら色々と考えてしまうだけだ!)
そう、起きているから色々考えてしまうのだ。寝てしまえば色々考えたりしないハズ!
色々……色々……艶々……。
バグッ!
そんな擬音が深夜のリビングに響くほど強く、僕は自らの頬にグーで拳をぶつけた。
(寝ちまえっつってんだろが!寝ないと大変な事に……!)
とは思うものの、これで眠れればかれこれ三〇分も苦労はしない。
そんなこんなで今夜、僕は眠れぬ夜を過ごした。
【CZ MODEL75】
全 長:206mm
重 量:1000g
装弾数:15+1発
製造国:チェコスロバキア
CZ75は第二次大戦後、東ヨーロッパで設計されたセミオート拳銃の中で、最も成功を収めた銃だと言われている。
ベルギーのFNハイパワーをモデルに、独自設計のダブルアクション撃発メカニズムが組み込まれている。
もともとチェコスロバキアは工業力が高く、優れた火器を製産する国という事で、命中精度や扱いやすさ等、完成度は非常に高い。特にグリップは『手に吸い付くよう』と表される程である。