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世界の不変

[Dec-22.Fri/07:00]


ピピピピピピピピピピピピピピピピピ。

という、小刻みな電子音によって僕は目を覚ました。ようするに、目覚まし時計のアラームだ。

ピピピピピピピピピピピピピピピピピ。

「……うるせェ」

呟き、手探りで目覚まし時計を探り当ててスイッチを切る。

音が止んでホッと息を吐き、胸を撫で下ろし、そのまま再び夢の世界に旅立つべく布団を頭から被り、

ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ!

じりりりりりりりりりりりりりりりり!

ピーピーッ、ピーピーッ、ピーピーッ!

キュオーキュオーキュオーキュオーン!

部屋中にセットしていた目覚まし時計が一斉に鳴り出した。

「……何で僕ァ、毎朝の(トラップ)を忘れてんだよ」

その呟きさえ、部屋中に響き渡るアラーム音にかき消されて自分にすら聞こえない。それほどまでに喧しい。というか、近所迷惑になる前に止めなくては。

跳ね起き、部屋中の至る所(例を挙げるなら、机の上や本棚の上やベッドの足下など)に設置した目覚ましを一つ一つ無力化して、全てを黙らせた時にはすでに七時五分になっていた。朝から一運動した気分になれる。

「……クソッ、眠い」

しかし二度寝する訳にもいかず、重たい身体を引きずる様にクローゼットに向かい中から藍色のブレザーと緑のチェックが入ったズボンを取り出し、パジャマ代わりのジャージを脱ぎ捨てて着替える。脱ぎ捨てたジャージをベッドに放り投げ、机の上に放置している鞄に今日使う教材を乱雑に突っ込み、暖房を切って部屋を後にする。









[Dec-22.Fri/07:30]


朝食や洗顔を済ませ、マンションのオートロックを抜けるとそこは白銀面の世界だった。

いつの間に雪が降ったのか、太陽の光を浴びて輝く雪景色は悪夢以外の何者でもない。

「ぬぁ……」

突拍子もない事だが、僕は、冬が嫌いだ。寒いのが嫌いなのだ。

(くっそ……最悪だ。この中を歩くのか……)

一瞬、ハイヤーを呼ぶか本気で逡巡し、ため息を一つ吐いてあまり汚れていない新雪をジャリジャリと踏みしめる。

マンションから駅まで一〇分、駅から駅まで一〇分、駅から学校まで一〇分の合計三〇分が僕の通学時間だ。電車に乗っている時はともかく、二〇分はこの寒気の中を歩かなければいけない事を指す。

僕にしてみれば悪夢以外の何者でもないのだ、比喩抜きでマジで。

何度も何度も寒さに震え、ため息を吐き、通学路を歩き続けた。









[Dec-22.Fri/13:00]


終業式というのも、あっけないものだ。

校長の話も比較的短かったし(反比例して教頭の話が長かったのだが)、特に問題もなくスムーズに事なき事を得る事が出来た。

今日から冬休みだと思うと感慨深いものがある。

何をして過ごそうか。やはり、たまりにたまったゲームを消化すべきか。そんな事を考えながら昇降口で靴を履き替えていると、背後から声を掛けられた。

「時津くん、いま帰り?」

「ん?あぁ、眞鍋さんか。そうだよ」

ボブにメガネという、いかにも記号そうな少女がいた。

彼女の名は眞鍋(まなべ) (つづみ)。僕のクラスの委員長を務めている。ちなみに僕は副委員長だったりする。

「ねぇ時津くん、昂太見なかった?」

「真北?いや、見てないよ」

眞鍋の問いに、僕は素直に答える。

真北(まきた) 昂太(こうた)。学年トップの優等生で、運動神経も抜群によくて、ルックスもアイドル並にいい、これまた記号の様な設定(デフォ)のクラスメイトである。奴の幼馴染でありカノジョでもある眞鍋はどうやら、真北を探しているらしい。

「ケータイ、掛けてみた?」

「ダメ、繋がらないの。そもそもアイツ、あまりケータイ持ち歩かない性格だし」

「……超意味ねェ」

「全くね」

片眉を釣り上げ、腕を組んで黙考する眞鍋。

どことなく、苛立っている様な印象を受ける。

「う〜ん、時津くんも知らないとなると、打つ手ないかも……」

「でも、まだ校内にいるみたいだよ。外靴残ってる」

真北の靴箱を覗くと、中にはしっかりと外靴が入っていた。つまりまだ、校内にいるという事だ。

「ありがと、時津くん。わざわざ引き留めちゃって、ごめんね」

「いいって。それより、浮気性の彼氏持ちは大変だね」

「まぁね」

アッハッハとヤケクソ気味に笑う眞鍋だが、ふと真顔に戻って訊ねてきた。

「あ、そうだ、時津くん。明後日のカラオケ、行く?」

「……何の話だ?」

「知らないの?明後日、イヴに、クラスのみんな――っても、用事ある人は除いて――でカラオケに行くの」

「……初耳だ」

「おっかしぃなぁ……昂太に言っとく様に頼んどいたのに……」

「真北に頼んだ時点で間違いだと気付いてくれ」

真北は頭よし・見た目よし・運動神経よしと、大方弱点が見当たらない優秀な奴だが、そのせいか傍若無人な性格をしている。自分の気に入らない事は絶対にやらないし、面倒だと思った事はたとえ他人が迷惑したとしても忘れる。

そんな人間が真北なんだが、僕はそんな所を結構気に入っていたりする。

自分の欲望に忠実になれるという事は、他人礼儀で相手に気を遣う生き方よりは遙かに難しそうだからだ。

まぁ、その災厄(とばっちり)が我が身に降り懸かる、というのはぶっちゃけ勘弁願いたいものなのだが……。

「明後日、用事か何かあるの?」

再び眞鍋が聞いてきて、僕はふと我に返った。

「いんや、暇だから行くよ」

「ん、分かった」

「にしても……イヴに暇な奴多いな。高校生にもなって」

「アハハ、君もじゃないの?」

「いや……そうなんだけどさ」

くぅ。彼氏持ちの眞鍋に言われると、無性に悔しくてたまらない。

ってかそもそも、どうして眞鍋と真北はカラオケに来るんだ?高校生らしく、その日は街を闊歩するなりした方がよいのでは?

……考えるまでもない。真北の気まぐれだろう。

「あ……なんか結局、長々と引き留めちゃったね。ゴメンね、時津くん」

「いいよ、別に。帰っても暇だし」

じゃあね、と小さく手を振りながら走り出した眞鍋の後ろ姿を見つめ、僕も昇降口を後にした。









[Dec-22.Fri/13:20]


校舎に掛けられたデカい時計を確認してみると、眞鍋とは二〇分も話し込んでいた事が分かった。

時間が経つというのは、時には無駄に感慨深いものにする。

「彼方さん」

また、誰かに声を掛けられた。

振り返ると、校門に寄りかかっていた少女は、よくよく見知った顔だった。

太股……いや、膝まで長い黒髪に、白いヘアバンド。長いダッフルコートを着込んだ少女の名は桜井(さくらい) 美里(ミサト)。誤解されそうな言い分だが、変な意味ではなく、僕がこの世で信頼出来る数少ない人間の一人だ。

そのミサトが僕――時津(ときつ) 彼方(カナタ)を訪ねてきた……と言うのか?

こう言っては身も蓋もないのだが、彼女とは決して親しい仲ではない。信頼出来る赤の他人、というのが素直な僕の認識だったりする。

僕は彼女と違い、神を殺す者だから。

「……何の様なんだ?新しい仕事か?」

「……そう、邪険にしないでいただきたい。仕事なら、電話なりメールなりで連絡を取るでしょう」

中学生とは思えない程の、冷めた声。

慣れた僕だからこそなんともないが、初めて聞く者なら確実に背筋を凍らせている事だろう。

「私の通う中学と貴方の高校は近いので、少し寄ってみただけです。それに……今日から、冬休みですし」

「……その心は?」

「寄り道しませんか?……って、落語のオチの様な言い方はやめて下さい」

「寄り道?雷双槍(パルチザン)紋知槍(グングニル)も誘うのか?」

言って、ハッと僕は口を噤む。

何を言ってるんだ、僕は。こんな公共の場で。いや、私立高校の校門付近であって厳密に言うと公共ではないのだが今は心底どうでもいい。

ミサトに視線を移してみると、バッチリ睨みつけてきていた。羽虫なら気死してしまいそうな程、恐ろしいオーラをまき散らしながら。

どんな罵声が飛び出すのか……僕が身構えていると、予想に反し、ミサトは髪をかきあげて、ため息をついただけだった。

夕朔(ユーサク)澄澪(スミレ)は、私達の学校とは逆の駅ですから。……それとも、私と二人ではイヤですか?」

「大いにイヤだね」

ぶっちゃけた話、それが僕の感想だ。

ミサトと二人きりで歩く事の何が不満かと言われればまず、制服姿で、というのがイヤだ。

放課後だから、僕らは当然制服姿だ。

僕は私立高校の、彼女は私立中学の。

このまま歩き回っていてもし知人にでも出会そうものならば『中学生と仲良く歩いていたスゴい人』のレッテルを貼られかねない。そんな記号の集合体みたいな真似、イヤだ。

「……どうしても、ですか?」

ミサトの、無表情な上目遣い。だが心なしか、目が潤んでいる気がする。

「……、あ〜」

それをされると、強く『イヤだ』と言えないじゃないか。女って卑怯だ。









[Dec-22.Fri/13:35]


学校近くの商店街には、僕は滅多に行った事がない。学校の帰り道にするには、駅とは逆方向なのが主な原因だ。

そういった理由から、その商店街の構造をほとんど知らない僕にとって、迷わない為にもミサトは唯一にして重大な道標だった。

無言で歩くミサトの後ろを、やはり無言でついていく。

裏路地という裏路地を曲がりに曲がり、もはや商店街ではなさそうな裏路地をひたすら歩く……、

「ってオイ!?どこまで行く気だ!?」

すでに、住宅地の様な道を歩いていた僕は足を止め、ミサトに訊ねる。

駄菓子屋や小さな惣菜屋が並ぶ、二〇世紀末にタイムスリップしたかの様な錯覚に陥りそうな裏路地。

なんなんだミサトは。本当に道はこっちで合っているのか?

優雅にふわりと髪を靡かせ、振り向き様の一言。

「黙ってついてきて下さい」

……なんなんだよ、マジで。

異様な迫力を醸し出す彼女に逆らう事も出来ず、さらに奥に進む。

辺りはなんというか……まるで時が凍てついたかの様な印象だ。随分と歩いた筈なのに、緩やかに時が流れている気がする。

「着きました」

と、不意にミサトが立ち止まり、思わずぶつかりそうになる。

時代錯誤な通りの一角に、小洒落つつも廃れたかの如き小さな喫茶店があった。

「……どういった経緯で、お前がここを見つけたのか是非知りたい」

正直に言う。

ここは、中学生の女の子が学校帰りに来るところではない。むしろ、穴場の喫茶店好きなコアな常連しか通っていない様な、そんな廃れ具合だ。

「しかも……店名、なんだコリャ?ここのマスターはロシアの特殊部隊出か?」

色が剥がれ落ちた看板には、『カモフ』と書かれている。『カモフ』といえば、ロシアの戦闘ヘリが有名だろう。

「歴とした日本人ですよ。それでは参りましょうか」

「……イヤだ。こんな怪しい喫茶店、入りたくない」

何となくイヤな予感がし、全身で拒否をしてみるが、

「早くしなさい」

一言でバッサリ切り捨てられた(泣)。









[Dec-22.Fri/13:45]


カランカラン……。

古めかしいドアベルを鳴らして店内に入ると、そこはまるで異世界の幻想さをくり貫き持ってきた世界だった。

飾り気のない焦げ茶色の柱は趣深く、ところどころ剥がれた漆喰の壁は歴史を匂わせる。まるで、喫茶店というよりは骨董屋みたいな風貌である。

(……ア レ ? 何 だか意 識が 、 ボーっ と す る)

断片的な思考。この喫茶店に入ってから、意識が遠くなってきた。というよりは――眠い。

「――さん?」

僕を呼ぶ声。これは一体、誰の……

「カナタさん!?」

パァン!

僕の中の何かが弾けた。

「えっ、アレ……?何だ、今の……」

眠気はない。かぶりを振り、僕は辺りを見渡した。

いつの間にか、僕は椅子に座っていた。目の前には、水が並々入ったコップもある。

「どうしたんですか?急にボーっとしちゃって。具合が悪くなったのか、心配しちゃいますよ」

「あぁ、いや……何でもない」

何だろう……僕、眠かったのか?意識トびそうになったり……。

奇妙な感じがした。違和感が、僕の身体の中で暴れ廻りつつ、しかし妙に静けさが残る、何とも形容しがたい。

「……とりあえず、カナタさんが惚けている間に、ブレンドコーヒーを頼んでおきましたので」

「……僕としてはブルーマウンテンが……いや、何でもない」

話していると、店長と思わしきダンディなオッサンがコーヒーを二つとモンブランを持ってきた。

「……お待ちどうさん」

中○彬を彷彿とさせる渋い声で、ぶっきらぼうに詫びるオッサン。

なるほど、無愛想ではあるが、どこか好感を持てる人だ。この喫茶店、僕はかなり気に入った。

注文の品を置くと、さっさと店の奥に入っていった。

「ってかあのオッサン、絶対に特殊部隊出だよな。普通じゃないぞ、あの筋肉は」

先ほど垣間見たオッサンの腕は、まるで丸太の如し。あんな筋肉、特別に鍛えるかマグロ漁船にでも乗らない限りは付きようもないぞ。

「ん、美味し」

「って聞いてないなお前」

モンブランを一口含み、無表情ながらもどこか満ち足りた様子のミサト。口調や外見、性格に似合わずコイツは甘い物に目がないのだ。

「……とてもFALを使える豪腕の持ち主には見えないな」

「何か言いまして?」

「何も」

ニコリと妖しく微笑むミサト。

こうしてミサトと、放課後の寄り道をしたのは初めてなのだが、懐かしい感じがしてたまらないのは何故だろう?

そんな事を考えながら、僕はブレンドコーヒーを一口啜った。

かなり美味かった。









[Dec-22.Fri/Unknown]


細かな砂塵の舞い上がる深夜の月は紅く、まるで鮮血を浴びたと思える強い印象を与える。

そんな深夜、腹部の裂けた少女は音もなく民家の屋根から屋根へ跳躍する。すでに傷は塞がり、運動に支障はない。

並の自動車と同じ速度で疾走する少女に追走してくるのは、銀に輝くボーガンを腰だめに構えたマントの男だ。

男の名は殺戮狩人(ハウンドプレッシャー)。その線ではかなり有名な狩人だ。

彼の目的は至って純粋。とある種族を狩る事のみ。

「待て、末裔よ。如何に逃げようとも、私から逃げきる事は出来ない」

「そんな……ッ、事……。やってみなきゃ分かんないでしょ!?」

振り返りもせずに少女が叫ぶ。

殺戮狩人(ハウンドプレッシャー)は聞く耳を持つつもりもないらしく、フード越しでも分かる程、強大な殺気を放つ。

「愚かな。己が罪に抗わず、償え」

殺戮狩人(ハウンドプレッシャー)はボーガンを構え、躊躇う事なく引き金を引いた。

銀の弓矢は勢いよく飛び出し、少女の腹部に突き刺さった。

【FN FAL】


全 長:1060mm

重 量:4250g

口 径:7.62×51mm

装弾数:20

製造国:ベルギー


ベルギーのFN(フィブリック ナショナル)社の技師・デュードネ サイーブが開発した戦後第一世代のアサルトライフル。原型は1948年、大戦直後に設計されたSAFNセミオート・ライフルを近代化する形で制作された。

当初は小型弾薬を使用する予定で設計されていたが、NATOが強力な大口径弾薬を正式とし、これを使用できるライフルに改造された。その結果、強力だがフルオート射撃時にはゴリラでないと扱えない様な、コントロールの難しい気性の荒い突撃銃となってしまい、アサルトライフルの利点を失う結果となった。

本銃は量産のしやすいプレス加工ではなく削り出し加工によって精製されている為、多量の射撃を行ってもフレーム及び機関部の変形が少なく、耐久性に優れているという点においては好評である。

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