~春の章~
この「春風伝」は当サイトへの書き下ろし・・・ではなく、
高校時代立ち上げた文芸同好会の夏号(時期は文化祭。
せっかくだから古典モノでも書いてみよーとなり怒涛の忙しさの
中)で執筆したものです。「春風伝」の名の由来は、話の
はじまりが春だから、というのと「~伝」(例えば紅茶花伝とか)
とついていればとりあえずカッコつくかな~という大変ヨコシマな
理由から来ています。(なんじゃそりゃ)
たいしてその時代についての知識もないまま突き進んだ噺ですが、
お付き合い頂ければ幸いです。
宵待 瑞咲
鳳 瑞蓮 ・・・十八歳の東宮女官。ささやかな贅沢を愛し、年下を思いやる人物。
しかし時と場合により、その対応に多大な差が生じることがある。
凰 愛蓮 ・・・十五歳の女官見習い。ひょんなことから瑞蓮に仕える。
基本は真面目な少女だが、すこし腹黒く、強かな面がある。
郷 桃苑 ・・・瑞蓮と同期で、仲良しの西宮女官。料理もさることながら、甘美
な声と容姿、絵画の才能の持ち主。
里 杏苑(杏林) ・・・十六歳の女官見習い。宮中に入る前は杏林という名。
自分の腕が認められたことを誇りに思っている。
胡 優奏 ・・・十八歳の南宮女官。…以上の高い知識と教養を持つ。
人付合いが苦手だが、景音を拾うなど解消に努力している模様。
琴 景音 ・・・優奏の補佐十五歳。成績劣悪で宮中追放寸前の所を優奏に拾われた。
書庫の整理をしながら詩文や法、医学を優奏から学ぶ。
清 玲蘭 ・・・艶やかな気品が漂う十八歳の北宮女官。花形妓女を母に持ち、
雅楽の名手。憧れを抱かれ、見習いたちに追われるが…。
泉 玉蘭 ・・・比較的控え目な十五歳の女官見習い。しかし観察眼が効く
等の内なる能力を認められ、玲蘭に続く身となる。
その他・・・東宮女官・・ 艶 翠玲 瑯 明緋(見習い)*鴇 朱羅(先輩)
筆頭女官・・・煌 星琳(朱羅と同期)
今から遠い、遠―い昔。世の中が一通り落ち着いた平穏の時代。
栄華を極めた宮廷では何千人もの人間が働いていた。
――- この噺は、ここ宮中で起こった、春風のような出来事 ――-
碧龍十二年、宮中女官試験及第者――- 首席、胡 優奏――南宮…郷 桃苑――西宮…鳳 瑞蓮――東宮…清 玲蘭――北宮。貼り紙の前で肩を抱き合って喜ぶ者もいれば、泣きながら座り込んでしまう受験者たちもいる。三月の風は勝った者には心地良く、敗者には厳しく冷たい。毎年百人を超える受験者たちの中で、女官になれるのは基準を満たした上の上位五十人。かつては基準を満たせば全員合格だったが、先代の筆頭女官が「毎年百人も入ってこられちゃ面倒見切れません。何とかして下さい。」と王に大変余計な懇願をしたために、泣きながら荷物をまとめて出て行く見習いの数が三倍に増えた。
女官試験に合格した東宮の一人、鳳瑞蓮は女官服の伝票を及第者から集め、仕立て部屋に持っていく。―― 宮中に上がって九年。ここが瑞蓮の家。
「朱羅様。及第者たちの寸法票です。」瑞蓮はそう言いながら仕立て部屋の戸を開けた。
「―― おぉ~朱羅様、なんかすごいことになってませんか?」
その声にモソモソと布の山が動いた。紫、碧、翠、黄、朱、紅、桃 ――
色とりどりの艶やかで美しい布たち。それらをかき分けるようにして出てきたのは鴇朱羅。瑞蓮の先輩女官である、「お、瑞蓮お帰り。んん?ってことはアンタ女官試験通ったんだ?」 「一応通りましたよ。それも首席で。(ささやかな自慢)…あ、さては星琳様と賭けしたんでしょう。」いかにも朱羅のやりそうなことだ。
「ちぇっ、銀十枚が水の泡…っまあ、とりあえずおめでとさん。ほらほら早く伝票貸してよ。これから縫わなきゃ間に合わないよ、明緋と翠玲呼んできて。…こういう時見習いいると楽だよね、瑞蓮。」 「朱羅様はただいじくりまわしてただけでしょう。」
―― 幼い見習いが入った時と女官試験合格発表の後、衣服全てを取り仕切る東宮は布まみれ糸まみれになる。瑞蓮と朱羅は人生の半分以上その光景をずっと見てきたのだ。
「東宮は淡紫・紫で十五人、西宮は紅梅・蘇芳で十五人、南宮は浅葱・縹で十一人、北宮は萌黄・木賊で十人…あれ?南宮が一人多いんじゃないの?」
朱羅がそんな事を呟きながら首をかしげていると小さな来訪者が。
八歳になったばかりの可愛らしい見習い、艶 翠玲と瑯 明緋だった。二人は無邪気な高い声で
「朱羅様、筆頭女官の煌星琳様がお呼びです。…朱羅様にトクベツな用があるとおっしゃっていました。キギョウヒミツだからナイミツにして欲しいと言われました。あ、あとカケの事はチャラにして下さるそうです。」
~特別な用・企業秘密・内密・賭け・ちゃら…幼子だからこそ堂々と言える言葉。
「賭け、ちゃら」の言葉で一瞬にして朱羅は星琳の所へ走って行った。
* * *
「煌星琳様、東宮殿の鴇朱羅様がおいでになりました。」 「通しなさい。」
凛とした声が部屋に響く。 朱羅は乱れた組み紐を結びなおすがますます変になってしまった。どうとでもなれと開き直って部屋に入る。
―― 上等の布で作られた鮮やかな色の女官服。紫紅碧翠の綾糸で織られた組み紐は若くして四方の部署をまとめる筆頭女官の証。腰に結わえられた雅な珠が玲々と音を立てる。朱羅はかつては共に学んでいた同い年の女官に礼をする。星琳はそんな彼女を懐かしそうに見下ろすと、ゆっくり口を開いた。
「朱羅、今回の女官試験の合格者数、何か変だと思わなかったか?」
「はい、南宮のみ、例年よりも一人多いのではないかと。」朱羅はうつむき加減に答える。
「その通り。南宮はいつもなら十人入れるが今回は特別だ。なにぶん事情が複雑なものでな。…それでお前に頼みがある。見習い時代に数多の危機を救ってやった借りを返してもらいたい。―― 十一人目の南宮女官の女官服を誰にも知られずに縫いなさい。
縫いあがったら瑞蓮に渡して私の所へ持ってこさせるように。これが見本だ。」
「…なぜ私でなく瑞蓮に運び役を?」 「決まってるだろう、可愛い瑞蓮に会う口実だ。」―――― ムチャクチャな事でも堂々と口にする星琳に、朱羅は返す言葉がなかった。そして三日、朱羅は部屋に缶詰めになり、着る人の顔も知らない女官服を縫った。
* * *
「出ていきなさい!今すぐに!ほら早く!」琴の音が響きわたる見習いの修練場で一人の見習いが教育係の女官に叱責されていた。
琴の中でもっとも簡単な「香花春」ですら弾くことができない。他の皆は難なく弾けているのに…。琴景音は自分の名前さえもが情けなくなった。自分が好きなのは琴なんかではないのに…。 恥ずかしさと情けなさで顔が真っ赤になった景音は腕を乱暴に引っられて修練場から追い出されてしまった。
泣きながら何処に行くあてもなくふらふらと放浪していると、猛烈にお腹が空いてきた。しかも泣き疲れて眠い。ここで倒れたらどうなるかと考える余裕もなく、景音は地面にパタリとうつ伏せに倒れてそのまま死んだように動かなくなった。そっと歩み寄った大きな影には当然気がつく…訳がない。
* * *
十一人目の南宮女官は南宮の庭を歩きまわっていた。
南宮の女官の中で一番の才能と知識を持つものなのに全然存在を知られていない。
正式な見習いの段階を踏まずに来たため、南宮女官試験だけでなく、科挙の問題も解かされた。あの家系で育った自分にとってはそんなに難しいものではなかったのだが。
任命式にも当然出られないだろうな、そう考えながら彼女――胡優奏は眼を伏せ、はぁ…とため息をついた――。その時、彼女の目に黄色の物体がちらりと映った。
「…見習い?」優奏は切れ長の瞳をついと細め、焦点を合わせる。
紺の女袴に山吹色の上衣を纏った人間が地面の上にバタリと倒れたままびくともしない。「そういえば、私の所には見習いが一人も来なかったなあ…。」そう呟いて、優奏はゆき倒れになった見習い(?)の救出作戦に取りかかった。
* * *
「もう勘弁して――っ!!。」一人の新人女官が北宮殿の上から下へ、右から左へと走っていた。「こ、こんなに申し込みが来るとは思ってなかった…。」年下の見習いが沢山いる中で、二次試験(弦楽)の練習なんかしたからだろう。「ひっそり隠れてやればよかった――!!」――― 北宮女官、清玲蘭、心の叫び…しかし時すでに遅し。
「玲蘭様~、どうか私を玲蘭様の助手に!!」そんなことを叫びながら山吹と紺の集団がしつこく追いかけてくる。組み紐は北宮であることを示す翠。
(宮中では新人女官は一つ年下の見習いの内から一人助手を選び、姉妹関係を結ぶ)
それだけ慕われているのだ…ここまで来ると迷惑以外の何物でもないが。
任命式前の新人女官が着る白い衣をバタバタとなびかせながら玲蘭はやっとの思いで自室に辿り着き、入って瞬時に錠を下ろす。こうなってしまえば流石に見習いたちも「今日の所は」と帰っていく。格子の間からその様子を見ていた玲蘭の目に庭で一人、ポツンと二胡を弾く見習いの姿が映った。 組み紐の色は―― 翠。
* * *
琴景音は爆睡していた。素性も知れぬ年上の人間の部屋で大の字になって寝ていた。
静かな琵琶の音が心地よくてそのまま寝入ってしまったらしい。その清々しいほどくつろぐ姿を見ながらこの部屋の主、胡優奏はそっと部屋を出た。気が付いたら昼食の時間を過ぎていたのだ。「運んできてくれないのなら、自分で頼みに行くしかないか…」
優奏は女官とも官吏ともいえぬ出で立ちで食事関係を取り仕切る西宮へ向かった。
西宮――‐、忙しかった昼食の時間が過ぎ、夕餉の支度までの愉しいひととき。
東宮の瑞蓮はさっき助手にした見習いの愛蓮を連れて西宮で働く友人を訪ねた。
「東宮の鳳瑞蓮です。郷桃苑様はいらっしゃいますか。」白い衣の長い袖から小さな包みを取り出して友が来るのを待つ。程なくして瑞蓮の前に同じぐらいの背格好の女官が現れた。―― 美しく艶やかな碧の黒髪。雪のように透き通る白い肌。桃の花そっくりの優しい色をした頬と唇。「瑞蓮」その女官―― 郷桃苑はふんわりと微笑った。
「桃苑、女官試験首席及第おめでとう。はい、これ。お祝いの四色絵の具。」
瑞蓮は箱を桃苑に渡す。紫、碧、翠、紅の鮮やかな色に桃苑の顔が輝く。
「うれしいわ、ありがとう、瑞蓮。これでまた絵を描いてあげる。」 その時だった。
「ん」 「ん」ふと二人は周囲の異様な雰囲気に気付いて後ろを振り返った。
桃苑が漆黒の双眸をついと細める。彼女の視線の先にあったのは、見たことのない官服を身に付けた背の高い人物。濃き色の袴と白い上衣は同じだが、縹でも浅葱でもない碧い上衣と黒生絹の衣。「あの人、女官…?」桃苑の言葉に、瑞蓮は「あ」と何かを思い出したかの様な声をあげた。「私、あの服を朱羅様から預かって、星琳様に届けたんだった…。」――― 朱羅が皆が寝静まった頃も一人針仕事に励み、「絶対に中を見るな」の言葉と共に渡されたが、見るなと言われると見たくなるのが世の常人の常。誰かさんの(男をたぶらかすための)勝負服が入っていると思ったら、見えたのは地味な黒と碧の布地だった。首を捻りながらもそれを星琳に届けにいった折に、星琳から愛蓮を紹介された。見習いを新人女官と引き合せるとは…流石は若手筆頭女官。瑞蓮は愛蓮を気に入り、助手にすることにした。
「・・・で?桃苑、アンタまだ助手の子付けてないの?」西宮女官の試験を第一位で突破した桃苑だ。多くの見習いが助手につきたいと思うだろう。(玲蘭の場合は度が過ぎているが)「それがねー、なんか敬遠されちゃってね…」彼女の話によると、「あんなにデキる桃苑様とつりあって助手なんてとんでもない。」という負の雰囲気が見習いの中に蔓延しているらしいのだ。
例の黒衣の人間が、傍で野菜を洗っていた見習いの少女に何か話している。
少女は言われたことをしっかり頭に入れるかのように頷いていた。その人が去ると、彼女は桃苑の所へやってきて、やや緊張しながら礼をとる。「桃苑様、さきほど、その…南宮のユウソウ様が、昼食が来ていないと仰って…塩分をひかえたものを出してほしいそうです。それで…出来上がったら離れの部屋にいるから、そこに持ってきてほしいと仰ってました。」 「ユウソウ…?瑞蓮、ユウソウって、あの、首席及第の?胡優奏?」
桃苑はいつもの倍の速さで食事を準備する。各所で余っていたご飯をかき集めて、おにぎりを作った。塩分が少ないものをと頼まれたので、溶き卵と椎茸と三つ葉を入れたお吸い物を加えた。少女がてきぱきと手伝ってくれたので非常に仕事がはかどった。
出来上がった膳を桃苑はその少女と共に南宮の離れに向かった。
「ねぇ」桃苑は思い切ってその少女に話しかける。
「は、はい」少女は驚きを隠せない様子で、桃苑の方へ顔を向ける。
「名前は?」――― 里杏林、とその少女は小さな声で名乗った。
* * *
玲蘭はその見習い女官を暫く観察していた。
少し癖のある、ふんわりと肩にかかる髪。二胡を静かに弾く手は丁寧に手入れされている。伏し目がちの瞳にはけぶる様な長い睫毛。小さな唇。
顔的にはなかなか美人と見た。皆と群れずに一人で慎ましく練習する様子も気に入った。
今なら練習の時間だから、追いかけてくる見習いは多分いないだろう。玲蘭はそっとその見習いに近づいて行った。――― 「何か御用でしょうか?」…泉玉蘭の完璧な礼と声に、玲蘭はますます彼女を気に入ってしまった。
* * *
「杏林」 「は、はい」 「あなた十六よね?あなたの周りで新人女官の助手になった子はいる?」南宮に食事を届けた帰り道、桃苑は杏林に聞いた。
「はい…私の知っている限りでは、湊月、珀珠、瑛明が麗泉様、紅陽様、光夜様の助手になりました。」 「ふむ」この三人…いずれもそこそこの女官たちだ。自分の方が先に(しかも簡単に)助手の子を見つけられると思っていたのに、アッサリ先を越された。 「で、杏林は仕えないの?」桃苑はズバリ聞いてきた。
「私が…ですか。目もくれられてませんでしたよ。」杏林はしょぼんと項垂れる。
「私も・・・逃げられた。逃げられたもの同士、一緒にならない?」
杏林のつぶらな瞳が一気に見開かれる。「えっっ???は!?あの、その…私がととと桃苑様にお仕えしてもよろしいのですか?」まさかの発言に動揺しているようだ。
「そうしてくれれば嬉しいわ。あなた結構筋が良いし。」そう笑顔で言った桃苑に、
杏林は心からの恭順の礼を示した。迷いなど何もなかった。
* * *
「…?」ふと目を覚ました景音はすぐに、自分が未知の場所にいることを悟った。
ポツンと離れた小さな部屋…。ここは・・・
―― 「目が覚めたか。」低い声にハッと振り向くと、見たことのない官服を着た人が静かに座って書物を読んでいた。景音は碧と黒の官服を見ながら何処の部署の女官だろうと考えを巡らせていた。・・・いや、その前にこの人の性別は何だ。
すらりと背の高い身体。きりりとした顔立ち。変わった色重ねの官服。ぶつりと切られたような短い髪の毛。――― そして何より目を惹いたのは両手の甲に刻まれた左右対称の刺青。 「えーと、あの…」私は何でここにいるんでしょうか、と景音が尋ねる前に、食事がのった膳をズイと押し出された。「庭で倒れるぐらいなんだからよっぽど腹減ってたんだろう?」・・・どうも食べろということらしい。なんだかんだ言って、景音は昼間から何も食べていないので、彼女は有難く食事を頂いた。
食べ進むうちに記憶が次第に甦り、すぐに自分がなぜここにいるかを思い出した。
「え~っと、私、『香花春』ですら弾けなくて、それで修練場追い出されて…あれ?」
「道端に死んだ様に倒れてたから私が拾ってきただけだ。捨てておく訳にもいくまい。」
その人は今まで読んでいた分厚い書物をパタンと閉じると、景音の方へ歩み寄った。その雰囲気に何らかの恐怖を感じた景音は山吹色の袖をギュッと握りしめる。しかし、その手はその人によって軽くほどかれてしまった。
「私は胡優奏。南宮女官試験首席及第者だ。」
* * *
「玉蘭、何であなた、一人で練習してたの?」玲蘭はさっきから気になっていたことを尋ねた。それに対し玉蘭は凛と落ち着いた声で答える。「一人が、好きなのです。」
「あら、珍しい。」 「私は基本的に大人数でがやがやするのが大嫌いなんです」
「私と同じね。」 「でも…私を必要としてくださる方になら、心からお仕えしたいと思っています…まぁ無理ですね。」 「無理じゃない…かもよ?」 「え?」
「私、あなたが欲しいもの。」 「玲蘭様?私なんかでよろしいのですか?私よりも綺麗で、出来が良くて、もっと目立つ子が見習いの中には沢山いるんですよ?」
そんな玉蘭に玲蘭は妖艶な笑みを浮かべてその手を取った。
「さっきも言ったでしょ?私は群れている中にいる目立つ子が大嫌い。」
そのひと言に玉蘭が初めて笑顔を見せた。玲蘭と対照的な、爽やかで軽やかな笑みだった。
* * *
「瑞蓮様」 「はい?」 「何か私だけ、説明すっ飛ばされてませんか?」
「何の?」 「私…凰愛蓮がなぜ貴女の助手になったか」 「別にさ~、美しい縁とかじゃないでしょ?それでも良いわけ?生みの親も書くのめんどくさいってさ。」
「あの人は今イカ燻製むさぼりながらこれ書いてるんでしょ、それぐらいの労働、させても問題ないでしょう?私の名誉の為にも話していただかないとカッコがつきません」
「あーはいはい。分かった分かった。それではⅤTR、スタート!!」(by宵待&瑞蓮)
このやり取りの二刻ほど前、筆頭女官の星琳は女官服の袖がほつれていたことに気付き、目に付いた見習いの子を勝手に引きずりこみ、絹糸で縫い合わさせていた。その哀れっ子が凰愛蓮。黙々と真剣に筆頭女官様の官服を繕っている愛蓮に、星琳は暇つぶしに話しかけてみた。「仕えたい女官はいるのか?」 「いえ、めっそうもございません。」
緊張のあまり超頓珍漢な回答。「そんなこと考えてもいませんでした。」と言いたいらしい。そこで、星琳は愛蓮に「鳳瑞蓮という名の女官を知っているか?」と訊いてみた。
「はい、私とよく似た名前の方なので、存じております。」そんな会話を交わしていると、すすすと桐の戸が開き、白い衣を着た一人の東宮女官が入ってきた。風呂敷包みを側において、両手の甲を額に当ててゆっくりと跪き、頭を垂れる。目上の人間に対する最高礼。 「よく来た、瑞蓮。」星琳はお気に入りの女官に向かって微笑んだ。
「星琳様、お目に掛かれて嬉しゅうございます。朱羅様よりお預かりした官服です。どうぞお確かめください。」 瑞蓮は恭しく風呂敷包みを星琳に差し出す。
星琳はそれを大事そうに受け取ると、隅っこでちんまりと座っていた愛蓮を呼んだ。
「瑞蓮、まだ助手を選んでいないだろう?」 「はい」
「この子…凰愛蓮なんてどうかな?」 「え?」「え?」二人の蓮は顔を見合わせる。
筆頭女官の星琳が推す人物だ。多分大丈夫だろう、と二人は合意し、主従関係を結んだのだった。こうして、東宮女官試験首席及第者―鳳瑞蓮と見習い―凰愛蓮が誕生した。
「はい、終わり。あー疲れた。(宵待&瑞蓮)」 「え――っ!?中身薄っ!!」
* * *
宵待の大変な手抜きを、どうかご容赦くださいませm(- -)m
「胡優奏様…」この間の女官試験で、全員共通の一次試験と各部署ごとの専門試験の首席及第者。随分と騒がれたけど、誰も彼女の存在を詳しく知らなかった。――― 短い髪の毛。深く刻まれた刺青。知的な瞳。いかにも何でも出来そうだ。
「琴景音だったな…何故修練場を追い出されたんだ?」 優奏は医学書を読みながら景音に訊ねた。
「そ、それは…あの、私は見ての通り、南宮の見習いなのですが、学問や地理、整理の他は何一つダメで……修練中に習う音楽、料理、裁縫の成績があまりにも悪すぎて、追い出されてしまいました。今までのこれていたのが不思議なぐらいですけど。」
景音は恥ずかしそうにその経緯を優奏に述べる。
「そうか。しかし追い出すとは少々手荒だな。…景音。学問ならいけると言ったな。医術の方に興味はあるか?」 「何故です」 「もし私に仕えるとしたら、知っておかなくてはいけないからだ。」 「え…?」
「私は心臓に持病がある。だから隠れるようにして育てられた。私の家系は時と場合によって何の職種にもなれるように様々な経験や修行を積む一族だった。…生まれた子が健康ならば作業や労働も出来るが、私にはそれができない…。」
「それは・・・心臓がお悪いせいですか。」 優奏は頷くと手の甲の刺青を撫でた。
「私の家族も、私を救ってくれた人も、もういない。私の身体もいつも万全とは言えないし、いつ又倒れるかも分からない。でも、この宮中で、自分の力を精いっぱい役立ててみたい。それには私を支えてくれる人が必要なんだ。景音、お前にその覚悟があるのなら、私の側にいてほしい。」
――― 側にいてほしいと思った。身分も、外見も、過去も関係なく ―――
優奏の告白を景音はいつになく真剣な顔で聴いていた。そのあと彼女は優しく微笑むと、刺青が施された優奏の手を静かに取った。「私が、力の限り優奏様をお支えします。ですからご安心くださいませ。」 優奏の瞳から、きらきらひかる雫がこぼれおちた。
* * *
「ではこれより、碧龍十二年、女官任命式を行います。」
各部署の女官長達が新人女官の名前を一人一人読み上げる。
紫の東宮・紅の西宮・碧の南宮・翠の北宮。
それぞれの色で晴れの日を迎えた女官たちの顔は、誇りと喜びにあふれていた。
「それでは最後に…各部署の首席及第者とその補佐、前へ。」
その声で、静かに女官の列から四人、見習いの列から四人が進み出る。
「東宮首席―― 鳳瑞蓮。補佐、凰愛蓮」
「西宮首席―― 郷桃苑。補佐、里杏林改め杏苑」
「南宮首席―― 胡優奏。補佐、琴景音」
「北宮首席―― 清玲蘭。補佐、泉玉蘭。」
「――― 以上八名。では星琳様より一人ひとりにお言葉を。」
最上等の女官服を立派に着こなした星琳が、黒木の椅子から立ち上がる。
「鳳瑞蓮。これからも仕事に誇りを持ち、日々精進に励むよう。」
「仰せの通りにいたします。」
「郷桃苑。長年の努力と経験が実を結んだこと、心から喜ばしく思う。その努力を絶やさないよう。」 「この身の及ぶ限り。」
「胡優奏。類希なる才能と知識、この地で存分に発揮するよう。」
「出来る限りの事をいたします。」
「清玲蘭。幼いころより磨き上げた技術は尊敬に値する。これからも皆の良き手本になるように。」 「有り難きお言葉にございます。」―― 四人の女官が最高礼をとった。
「凰愛蓮。瑞蓮を助け、時に導くよう。」
「お言葉通りに」
「里杏苑。改名するほどに桃苑を慕う気持ちを忘れないよう。」
「心にしかと留めます。」
「琴景音。優奏への感謝と奉仕の心を忘れないよう。」
「とこしえに御誓いします。」
「泉玉蘭。玲蘭と共に日々切磋琢磨するよう。」
「誠意を尽くします。」
四人の補佐たちも最高礼をとった。
* * *
いつの時代も、何処の国でも、出会いはとても大切なものだ。
ひょんなことから出会った人間同士が、一生の友になるのは、
果たしてどのぐらいの確率だろうか。
『一期一会』で出会った者たちが、国を、世界を、変えていく・・・
―春風伝~春の章~終―
今あなたがこれを読んでいるということは(・・・私はこの世に
・・・います。今日も図々しく存在してます)ともかくこの「春風伝」を
読んでくださったということですね(汗)
夏の章、秋の章と駄文をダラダラ書きつらねていく心づもり
でいますので、どうぞお楽しみに(←なにを)