現金強盗
「金を出せ!」
男は銀行に押し入った。ナイフを片手に、一番近くにいた銀行員を脅す。
その女性行員は客の為に、両替の用意をしているところだったようだ。紙に包まれた硬貨の束が、固い音を立てて机を転がった。
「キャーッ!」
行内に悲鳴が上がる。行員と客。両方からの悲鳴だ。
警備員が慌てて飛び出そうとした。
それを男はナイフの切っ先で押しとどめる。
男の心理そのままにか、ナイフが不安定に揺れた。
警備員はそのナイフの震えに、迂闊な行動がとれなくなる。
「動くな! この袋に有りっ丈の現金を入れろ!」
男は切羽詰まった表情で、持参した袋を受付の行員に投げつけた。
女性行員が怯えた目で同僚に視線を送る。同僚は黙って頷いた。
ここは大人しく従った方がいい。それはこの場にいた誰もが思ったことだった。
それ程この男の顔には鬼気迫るものがあった。目が血走っている。手先は細かく震えていた。怒らせると、何をし出すか分からない。
別の行員が札束を奥から持ってきた。女性行員に手渡す。二人とも震えていた。
女性行員がそれでも恐る恐る札束を詰めようとすると、
「違う!」
男は苛立ったようにナイフを振り回した。
女性行員は何を怒られたのか分からない。札束は高額紙幣のものだ。女性行員の小さな手で掴んだ量だけで、一年は遊んで暮らせるだろう。
額が少ないと思ったのか? 偽札だと思われたのか?
女性行員は訳が分からないまま、それでも現金を詰めようとした。
「違う! 何勝手にやってんだよ!」
男は更に苛立つ。
別の男性行員が、逆上する相手を宥めようとしてか、追加の紙幣の束を持って女性行員に手渡そうとする。
「違うって! 言ってんだろ!」
行員は誰も、男の言いたいことが分からない。
「それをよこせ!」
苛立つ男はナイフの切っ先で目的のものを指し示す。
男の注意が一瞬逸れた。
そうと見たかのか、警備員が後ろから警棒を振り下ろした。
「で、何が目的だって、あの男」
刑事らしき男が振り返る。銀行を襲った男。警備員の機転により、未遂で逮捕された銀行強盗の男。
その男が取調室にいる。
その中を覗き込み見ながら、刑事は部下の返事を待った。男は取り調べに対して、神妙に応じているようだ。
「お金です。紛うことなき現金が目的でした」
「札束渡そうとしたら、キレて『違う』とか言い出したそうじゃないか?」
「ええ。男が欲しかったのは、札束ではありませんでしたから」
「何だよ。現金が目的だろ? 札束上等じゃねえか」
「男が欲しかったのは、硬貨だったんです。それもかなり小額の」
「はぁ? 小銭ってか?」
「ええ。男は両替用の硬貨の包みを奪おうとしました。目的は稀少硬貨。硬貨の周囲にギザギザのあるやつです。大した価値はありませんが、欲しがる人間自体はいても不思議ではないものです」
「言っても小銭だろ? それぐらい両替すりゃいいじゃねえか」
「両替するお金がなかったんですよ」
「両替するお金がないなら、我慢しろってんだ。硬貨収集なんてのは、お金持ちの道楽だろうよ?」
「いえ。お金は持っていたみたいですよ」
「はぁ?」
いぶかる刑事に、部下は一枚の写真を差し出した。
男の部屋と思しきその写真の中には、
「ただ両替するお金がなったんですよ」
ギザギザの刻まれた硬貨が、うずたかく積まれていた。