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第4話「獣人の力」

〇町の往来で、枯元忠司と対峙する花野

仰向けで地面に倒され、胸ぐらを掴まれている。


忠司「お前のせいで俺の家も、俺の人生も何もかも終わった!」


依然として、忠司は花野に詰め寄り、押し倒し、馬乗りになっている。

花野は何が何だか分からず、ただされるがままの状態。


花野モノ『それでも幸運だった。さっき殴られるかと思っけど、それは忠司さんの狙った先がずれたおかげで、私に拳が当たらずに済んだ』


モノ『しかしホッと息つく暇はない。忠司は尚も、すごい剣幕で言い寄る』


忠司は胸ぐらを掴んだまま、グイと自分の方に引っ張る。

二人の顔が近くに寄る。


忠司「お前なんかいなければよかったんだ! お前なんか、お前なんか!!」

花野「!」


モノ『それは初めて聞く、敵意むき出しの言葉だった』


花野は目を見開く。

(心臓が「ズキン」と鳴る)


花野モノ『今の気持ちに比べたら、周りから同情されるなんて可愛いものだった。私は今まで、恵まれていたんだ』


尚も忠司から「お前なんか!」と罵られる。

花野は耳を塞いだ。


花野(私の目が見えないせいで、秋之橋家だけじゃなく、色んな人を不幸にしているのだわ……っ)


花野の目から涙が零れる。

同時に忠司の拳が、花野に向かって振り下ろされる。


忠司「盲目の不完全な異能者はいなくなってしまえ!」

花野(殴られる!)


花野がギュッと目をつむる。

しかし痛みは襲ってこない。

代わりに「う」と、忠司の呻き声が聞こえる。


花野「何が、起こったの……?」


目が見えないため花野は見えない。

彼女の前には、何かに巻き付かれたように、ねじ曲がって四肢を固定され、宙に浮く忠司の姿がある。


忠司「なん、だこれ……。苦しい!」

花野「た、忠司さん? 一体何がっ?」


花野は手探りで忠司を掴もうとする。

しかし横から、腕を握られた。


時雨「ご無事ですか、お嬢様」

花野「この声……時雨さん?」

時雨(良かった、無事だな)


時雨はホッと安堵の息を漏らす。

花野を瞬時に確認し、怪我がないことを悟る。


時雨「獣力で枯元忠司を捕らえています。このまま警察に突き出しましょう」

花野「ま、待って!」


花野は時雨の腕に触る。


花野「忠司さんは悪くないの、私が縁談の相手だったから、それでっ」

時雨「……そのお言葉は、ご自分でご自分を貶めているものと気づいておいでですか?」


花野は時雨に顔を向けたまま、強く頷く。


花野「それでも、私との縁談がなければ、忠司さんはいつも通り、真っ当に生きることができたのです。

枯元家との縁談はお断りします。これで全て丸く納まる。だから警察は必要ありません」

時雨「……また他人のため、ですか」


時雨は呆れてため息をつく。

花野はその声に怯え、ビクリと肩を震わせる。


時雨(水落少佐からの任務を遂行するためには、縁談は継続であった方が動きやすい。目的は「枯元家が何を企んでいるかの偵察」だからな。ただ……)


時雨は花野を見る。

彼女は生気のない、青い顔をしている。


時雨(これ以上に事を荒立てると、彼女の心に癒えぬ傷が出来るやもしれん。それは、避けるべきか)


時雨は獣力を解除する。

忠司は「うっ」と呻きながら地面に伏す。


時雨「彼女の懐の深さに感謝しろ。縁談の話は、追ってこちらから沙汰を出させてもらう」


時雨は花野の手を取り立ち上がらせる。

忠司は地面に突っ伏したまま、顔だけ起こして険のある顔をする。


忠司「縁談なんて、こっちから願い下げだ!

異能の力も弱くて、盲目で……。将来は名家であることも危ぶまれるような秋之橋家の女に、何を期待できる!」

花野「っ!」


花野は顔を俯ける。

隣に立つ時雨の眉根がキュッと寄る。


忠司「お前みたいな女はこちらから願い下げだ、とっとと失せろ!」

時雨「……ほう」


時雨は一歩、忠司に近づく。

そうしてさっき花野にしたように、強引に胸倉を掴む。


時雨「ならば私がもらってもいいのだな?」

忠司「……は?」

時雨「秋之橋花野を、私がもらってもいいのだな? と聞いている」


時雨の言葉には忠司だけでなく、花野もビックリ仰天。


花野(私を、もらう?時雨さんが?)


忠司「お前……ほ、本気で言ってるのか? 秋之橋家は、将来は衰退するだろうが今でこそ名家中の名家だ。そんな家の一人娘と獣人のお前が、婚姻の儀を行えるわけないだろう。身の程を知れ」

時雨「確かに、人間と獣人の婚姻は例を見ない。しかし禁止されているわけでもない」


時雨はパッと、乱暴に忠司を放す。

その代わり、隣の花野の肩を、優しく抱き留める。


時雨「せいぜい後悔しないことだな。――行きますよ」

花野「え、あの……っ」


花野は何が何やらという雰囲気で、終始ワタワタしている。

しかしこの場を去る直前に、忠司に向き直る。


花野「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。両親は、枯元家と縁談を結べると聞き、とても嬉しそうにしていました。少しの間でしたがこうして関わらせていただき、ありがとうございました」

忠司「あ……」

花野「それでは、失礼いたします」


令嬢として今まで勉学に励んでいた花野はキレイにお辞儀をする。

忠司は少しの間、花野に目を奪われる。

しかし花野は時雨に手を引かれ、この場を去った。


忠司「なんで、あんなこと言うんだよ」


忠司回想『少しの間でしたがこうして関わらせていただき、ありがとうございました』


忠司「散々ひどいこと言ったのに……」


忠司は仰向けに転がる。

心配した近隣住民が、「大丈夫ですか?」と声をかける。

腕で目を隠した忠司は、口を真一文字に結んだ。


忠司「くそ……っ」



〇それからすぐ秋之橋家に戻った花野と時雨、花野の部屋


花野モノ『あっという間の帰還だった。

忠司さんに別れを告げるとすぐに「痛い所は?」と時雨さんに聞かれた。

「ありません」と答えるも、私の着物が乱れていたのか直してくれた。


そうして「飛んで帰ってもいいですか?」と言った。言葉のあやかな?と思っていると、なんと時雨さんは本当に飛んで帰った。

龍の姿になって――』


花野「空を飛ぶって、すごく気持ちがいいんですねっ」

時雨「……」


キラキラした瞳の花野。

そんな彼女をジト目で見る時雨。


時雨「第一声がそれですか。もっと他にあるでしょう』

花野「時雨さんが龍の化身だったとは知らなかったので、ビックリしました。表面は鱗ですか? 鉄のように硬くて、まるで鎧ですね、素敵ですっ」

時雨「……」


時雨は「はぁ」とため息をつく。


時雨「そうではなくて。腕を見せてください、手当しましょう。擦りむいてらしたので」

花野「あ、特に痛くはないので、これくらいなら別に」

時雨「いけません、ほら」


花野は観念して腕を差し出す。

着物をまくると恥ずかしくなり、赤くなった顔を逸らした。


時雨「消毒します。少ししみますよ」

花野「は、はい」


ゴツゴツした男性の手を感じ、花野はさらに顔を赤くする。


花野(こうして男性と触れ合うのは、幼い頃に父と遊んだのが最後かもしれないわ)


時雨「…………」

花野「…………」


静かな時が流れる。

先に口を開いたのは時雨。

「あの」と言われ、花野はピャッと肩を上げて驚く。


時雨「さっきの私の言葉ですが」

花野「えっと、あの」

時雨「私が、あなたを貰います、という話です」

花野「は、はい……」


花野(この気持ちをどう処理していいか分からないから、思い出さないようにしていたのに……っ)


消毒が終わり、時雨が花野の手から離れる。

花野は、着物の袖を元の位置に戻した。


時雨「正直なところ『勢いで言った』というのが本当です。あなたがあまりにも自分を顧みず、人の事ばかり気にされるのがもどかしくて。あの男に、意趣返しをしてやりたかったんです」

花野「い、意趣返し……」


モノ『それが「結婚しないなら私がもらう」というのは、正直なところ、どうかと思うが』


しかし花野は「よかった」と息を吐く。


花野「『勢いで言った』のであれば本音ではありませんね。時雨さんに、私のような荷物を背負わせたくはないと思っていたので」

時雨「分かっていただけたなら良かったです」

花野「……いえ」


花野モノ『所詮、私を本気で好きと思ってくれる方はいないし、一緒になりたいと思ってくれる方もいない』


花野(だけど、それでいい。そうすれば傷つくのは秋之橋家だけになるから。お父さまとお母さまには、申し訳ないけれど……)


花野は弱々しい笑みを浮かべる。

すると時雨が「しかし」と、顎に手をやる。


時雨「困ったことに、『本当に添い遂げてもいい』と思っているのも本音です」

花野「……へ?」


花野が時雨に顔を向ける。

時雨もまた、花野を見る。


花野(この方は一体、何を考えておられるの……?)


花野は自分の胸元に手をやり、着物をギュッと握った。


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