その9・刺客
大きな音をたててドアが開き、大柄な男が立ってロックスを睨んでいた。
「あんたがロックス先生かい?」
男は、身体に見合う大声で、威嚇するように言った。
「そうだが、君は?」
侵入者とは対照的に、ロックスは呑気な表情のままだ。
「あんた、手紙を持っているだろう。それをよこしな」
「もう少し、分かりやすく言ってもらえるかね?」
ロックスは微笑んだ。
「とぼける気か? ……なんだ、そこにあるじゃねえか」
男はテーブルの上に目を向けると、1歩進んで手を伸ばそうとした。
「おっと、こいつは大事な証拠品だ」
「うるせえ!」
男はいきなり殴りかかってきたが、ロックスは華麗に身をかわした。男は振り向くと、両拳を上げて構えた。
「まあ落ち着いて、コーヒーはいかがかな?」
ロックスがコーヒーポットを投げつけると、熱いコーヒーを浴び、男は絶叫してポットを放り投げた。
その瞬間、ロックスの拳が男の顔面にヒットし、男は床に崩れ落ちた。
ロックスは、倒れた男にかがみこんだ。
「さあ、でくのぼう。言うんだ。誰に頼まれた?」
「だ、誰がお前なんかに言うもんかよ……」
「ご立派だな。チンピラにしては。じゃあ、当ててやろう。お前に命令したのは、ランバートという男だろう?」
男の表情が変わった。
「どうやら図星だったようだな」
「ど、どうして分かったんだ? あんた、まるで魔法使いだ」
「まぬけなやつだ。私は心当たりを順に言うつもりだったんだ。お前は、嘘をつけないタイプのようだな」
男は、アゴをさすりながら起き上がった。
「さあ、さっさと出て行け。雇い主に報告するんだ。ドジ踏みましたとな」
男は、最初の横柄な態度は消し飛び、背中を曲げ、逃げるように出口に向かった。
「待て」
ロックスに呼び止められ、男はびくりと振り向いた。
「これを持っていけ。やけどの薬だ」
ロックスが薬の小瓶を放り投げると、男はそれを受け取り、ネズミのように逃げだした。
「……まったく。あの男のお陰でコーヒーが上着にかかってしまったよ」
「替えを用意しますわ。で、何だったんですか、先生。あの男は?」
シェリーが、床にこぼれたコーヒーを拭きながら言った。
「さっき言った、ランバートという男は、アルバート卿の仲介者なのさ。前にジャックという男がドーレスの家に忍び込んだろう? あれも、ランバートの指示だ」
「どういうことです? 先生」
シェリーが首を傾げた。
「つまり、ジャックもさっきの男も、アルバート卿の命令で動いているということだ。そして、おそらくジャックはドーレスから手紙を盗もうとして失敗し、さっきの男は僕から手紙を盗もうとして失敗した」
「あ、先生。ということは……」
「そうだ。ドーレスから奪った手紙と、エレナ嬢から預かった手紙の筆跡は、鑑定するまでもなく同一ということだな。アルバート卿が僕に刺客を差し向けたということは、その事実を白状しているようなものさ」
ロックスは手紙の筆跡鑑定の作業に戻った。
「……やはり、一致する。この卑猥な内容の手紙は、アルバート卿の筆跡に違いない。不貞の証拠だ。あとはこれを、コールドストーン卿に届けるだけさ」
そう言いながら、ロックスは身支度をした。
「シェリー、馬車を呼び止めてくれ」
「はい、先生」
シェリーは外に出て、しばらくすると戻ってきた。
「先生、今ちょっと馬車が混んでて。あと30分くらいお待ちください」
「30分か。……ちょうどいい。書いておきたい手紙がある」
──30分後、馬車が来た。シェリーが用意した上着に替えると、不貞の手紙を紙で包み、懐に入れる。
「じゃあ、シェリー、僕はコールドストーン邸に行ってくる」
「先生、気をつけて!」
シェリーの言葉を背中で聞きながら、待機している馬車に乗るなり御者に言った。
「コールドストーン邸まで頼む」
──馬車に揺られて石畳の音を聞いていると、ロックスは、後ろにもう1台の馬車がいることに気づいた。
「御者くん、もう少し急いでくれ」
御者が鞭を打った。馬車の揺れが激しくなる。しかし、それよりも早く、後ろの馬車がスピードを上げ、ロックスの馬車の横に並んだ。
馬車には、覆面をした3、4人の男が乗っている。そのうちの1人が、ロックスの馬車に飛び乗ってきた。




