その7・軒先の雨宿り
ロックスとエレナの2人が書斎に入ると、コールドストーン卿が椅子に座ったままふり返り、威厳に満ちた表情を見せた。
「よくいらした、ミスター・ロックス」
コールドストーン卿は、立ち上がり、がっしりとした手で、ロックスと握手した。
「光栄です、閣下。見事な美術品ですね」
ロックスは部屋を見回した。絵画、陶器、彫刻など、さまざまな美術品が飾られている。
「わかるかね?」
「はい。例えばこの陶器は、400年前のジーナ王朝のものですね?」
「ほう。お見事、ロックス君。しかしこれはどうかね?」
「この絵画は、シャイ・ギャバンの後期の作品ですね」
「そう思うかね?」
コールドストーン卿は、いたずらっぽく微笑んだ。
「しかし、閣下。これは贋作ですね。残念ながら」
「……なんと! その通りだ。わしはどうしてもギャバンの作品が欲しくてな。贋作と知っていて買ったんだ」
「これは、閣下、古代ワシグレ王国のセト金貨ではありませんか。100年前にフィッシュ将軍がルミ国の遠征で発掘したものですね」
「すばらしい、ロックス君。実に見事だ」
卿は、心から驚いたようだ。
「ありがとうございます、閣下。……こちらの肖像画は、奥様でしょうか?」
ロックスは壁にかかった肖像画に目が行った。
「うむ。これは亡くなった妻のものだ」
「……そうでしたか。もっと美術品の談義を続けたいところですが、そろそろ本題に入りたいと存じます」
「……よかろう。エレナ、外しなさい」
コールドストーン卿は呼び鈴の紐を引いた。
「で、でも、お父様……!」
「わしはロックス殿と話をする。お前は部屋で待っていなさい」
エレナは、何かを言いかけて止めると、ロックスの方を見てから、父に従いドアに向かった。
ドアを開けると、外には執事のジョンソンが待機していた。
「ジョンソン、エレナを部屋に」
コールドストーン卿が言い、ドアが閉まると、ロックスが口を開いた。
「それで、閣下。お話ですが……」
「わかっている、ロックス君。エレナの婚約の件だろう?」
「はい、閣下。アルバート卿との結婚は、あまりにご無体なことかと存じます」
「わしも噂は聞いているんだ、ロックス君。だが、そんな理由だけで婚約を解消できると思うか?」
「ご事情はお察ししますが、閣下。どうかお嬢さまの幸せをお考えください」
「わしがエレナの幸せを考えていないと思うか!」
コールドストーン卿は、思わず大声を出し、机を叩いた。一瞬、書斎が静まり返ったように感じたが、ロックスは眉一つ動かさない。
「……失礼、ロックス殿。わしは、考えに考えて、アルバート卿との婚約を決めたのだ。それが娘の幸せだと信じて」
「しかし、エレナ様は、そうとう思い詰めておられます。それを救えるのは、アーサー卿と、閣下だけです」
「エレナとアーサー卿のことは知っていたが、よりよい条件であれを嫁がせたかったのだ……。今さらどうにもならんのだ」
「しかし、閣下……」
「これ以上は無駄だ、ロックス。確たる理由がない限り、婚約の解消などできんのだ」
「では閣下。確たる理由とやらがあればよろしいのですね?」
「それはそうだが……いったいどんな?」
「例えば、アルバート卿の不貞の証拠など」
「そんなものがあるというのか?」
「それはこれから探します。ですが、心当たりがあります。成功の割合は五分五分といったところですが」
「……そういうことなら、君に賭けてみよう、ロックス」
「では、これで失礼いたします。早く仕事に取り掛かりたいので」
ロックスはお辞儀をして、退室しようとしたが。ふいに身体を硬直させた。
「どうしたね? ロックス君」
卿の言葉に、ロックスは人差し指を口に当てた。
「閣下、失礼ですが、使用人たちは信用できる者たちばかりでしょうか?」
ロックスは、聞こえるかどうかの小声でささやいた。
「もちろんだ。みな、身元のはっきりした者たちばかりだ」
「では、求人条件を見直される必要があるかもしれませんね」
ロックスは、足音を立てずに素早くドアに近づく。
そうっとノブを回し、ほぼ同時に勢いよく開けると、ドアの向こうに張り付いていた誰かが、倒れ込んできた。
「この不届き者め!」
ロックスが叫んだ。




