その3・潜入
「作戦を実行しよう」
ロックスは、椅子にもたれたままつぶやいた。
◆ ◆ ◆
──ドーレス邸では、潜入したシェリーが、何食わぬ顔で掃除をしている。そこに、執事がぬっと現れた。
「おい、シェリー……だったか。これできちんと掃除しているのか」
執事が、窓の枠を指でなぞると、その指を突き出し、横柄な口調でシェリーに言った。
「埃がたまっているぞ。綺麗にしておけ。それと、旦那さまの部屋に薪を持っていけ」
「はい、執事さん。すぐにやります」
──シェリーがドーレスの書斎に入ると、ドーレスは机に向かっていた
「失礼します。旦那さま、薪を持ってまいりました」
ドーレスは返事せず、机に向かったままだ。シェリーは薪をバスケットに移しながら、部屋を見回した。
「……何をしている」
ドーレスが、眼鏡越しにシェリーを睨んだ。
「え、旦那さま。薪のご用意を……」
「終わったら、さっさと出て行け。いつまでもいるんじゃない」
ドーレスの目は、獲物を狙う獣のようだった。シェリーは、逃げるように部屋を出た。
「はあ~っ。びっくりした」
書斎のドアを閉め、シェリーはうつむいてため息をつく。顔を上げると、目の前に執事がいた。
「わっ! し、執事さん……」
「シェリー。明日からもう来なくていいぞ」
「え、あ、あたし何か……」
「旦那さまがそうおっしゃってるんだ。……帰っていいぞ」
◆ ◆ ◆
───ブレッド街のロックスの事務所では、シェリーがドーレス邸での出来事を報告していた。
「……というわけで。先生、あたしクビになっちゃいました」
「クビか。シェリー、いちおう抗議はしたんだな?」
「はい、先生。執事が言うには、理由は分からないそうです。ドーレスは、ささいな理由で使用人をクビにするそうです。同じ日に、あたしと同じようにクビになった下男もいます」
「ふーん。その下男の名は?」
「ジャックです。ちょっと怖い感じの男でしたよ」
「そうか。ご苦労だったな、シェリー。となると、予定を繰り上げよう。今夜だ」
◆ ◆ ◆
──その夜。闇夜に、黒い服に身を包んだ男が一人、通りの物陰からドーレスの屋敷を見ている。ゴーディ・ロックスだ。
人通りは無い。
通りを渡り、塀に近づくと、ロックスは、手に持ったカバンを台にして塀を乗り越え、紐を使ってカバンを引き上げる。
そのまま庭を通って屋敷の南側にまわると、並んだ窓のひとつに目を付けた。
(これだ)
ロックスはカバンから細く薄い金属の棒を取りだし、隙間に差し込んだ。窓の錠は、完全に閉まっていない。シェリーの細工だ。素早く錠を外すと、わずかな金属音がした。
そっと窓を開け、中に入り込んだ。窓を閉めると、足音をたてずに廊下を進んだ。屋敷の間取りは把握している。
(ここがヤツの書斎か)
ドアの前で立ち止まると、カバンから柄の付いた細長い鋼鉄の道具をふたつ取り出し、鍵穴に差し込む。
探るように、ロックスは道具を動かす。
……カチャリ、と音がした。
(開いたぞ)
そっとドアを開け、中に入ると、音をたてずに閉めた。見回りが来るまで、少なくともあと10分はある。その間に仕事を済ませる。
カバンから遮光ランタンを取りだすと、まず金庫を照らし、次いで机を照らした。
(こっちか)
金庫には触れた形跡がないが、机にはある。シェリーがまいた粉が、うっすらと付いており、引き出しの取っ手に、わずかに指の跡が見える。
(こんなに汚れてちゃあ、執事に叱られるのも無理ないな、シェリー)
より細い道具で引き出しの鍵穴に突っ込み、動かすと、鍵が開いた。
引き出しを開けると、たくさんの手紙が入っている。
(だが、ここに手紙があるかどうか……)
ロックスが、次々と手紙をめくりながら確認すると、1枚の手紙を見つけた。その紙と封蝋の特徴は、事前にエレナ嬢から聞いていたものと一致する。
書かれたイニシャルを確認すると、これもエレナ嬢のものだった。
ロックスは、無言で歓声を上げた。ざっと中身を確認すると、確かに彼女のものだ。
他の手紙も、どれも恋文だった。ドーレスが持っているはずのない手紙だ。この手紙はどれも、婚約を破棄させるか、あるいはそれをネタに強請るのか。
どの手紙も、むろん、宛名も署名もない。しかし、いずれにせよ、誰かを破滅させることが出来るものだろう。
ロックスは一瞬の躊躇の後、手紙の束を懐に入れた。その直後、廊下で足音が聞こえた。
(……誰だ?)
今、部屋を出れば、足音の主と鉢合わせすることになる。このまま部屋に留まり、やり過ごすか……?
足音が、書斎の前で止まった。
「ふう~。コーヒーを飲みすぎるもんじゃないな。こんな時間まで眠れないとは」
独り言が聞こえる。ドーレスの声だ。チャラチャラと鍵を取りだしている。
「やはり、書斎が落ち着くな……、ん? なんだ?」
ドーレスは鍵が開いていることに気づいたようだ。
「わしは確かに鍵をかけたはずだ。いったい誰だ!?」
ドーレスは荒っぽくドアを開けると、部屋にずかずかと入ってきた。




