その2・鏡合わせの悪党
屋敷の門をくぐり、玄関のベルを鳴らすと、ドアが開き執事が現れた。ロックスが名刺を渡すと、しばらく待たされた後、書斎に案内された。
「ようこそ。あなたは、代理人、もしくは解決屋の仕事をしておられる、ゴーディ・ロックスさんですね」
「時には、『便利屋』、『何でも屋』と呼ばれることもありますがね」
ロックスが答えると、スリト・ドーレスはうすら笑いを浮かべた。身なりこそは紳士だが、悪党であるその心底は、表情に表れている。彼の眼鏡の奥からのぞく眼は、笑っていなかった。
「どんな御用でしょうか? あたしは忙しいのですよ」
「脅し文句を考えるのにかね?」
ロックスは淡々と言った。
「これは、ロックスさん。ご挨拶ですね。そんな嫌味を言うために来たのですか?」
「エレナ・コールドストーン嬢の手紙を持ってますね? ドーレスさん」
「さあ、どうでしょうか」
ドーレスは上目遣いで肩をすくめた。
「とぼけても無駄だ、ドーレスさん。目的は、彼女の婚約の破棄でしょう」
「じゃあ、ロックスさんは、それを阻止しにきたのですかな? いったい、誰の依頼で?」
「私が依頼主の名を言うと思ったかね?」
「いいえ、ロックスさん。しかし、それはあたしも同じことですよ」
「ドーレスさん、あなたも依頼主の名を言う気はないと。じゃあ、依頼の目的は?」
「知っているでしょう。婚約の破棄ですよ」
「だから、その目的です」
「知りませんよ。あたしは、依頼主が金さえ払ってくれれば、依頼を実行するだけですよ。余計な詮索はしません。だから、皆さんあたしを頼るんですよ」
ドーレスは胸を張って言った。
「じゃあ、こうしましょう。依頼主にいくらもらった? 金貨100枚か、200枚か? それとも1000枚か。手紙を返せば、それより多く払おうじゃないか」
ロックスがまくしたてると、ドーレスは声を出して笑った。
「これは、ロックスさん。あたしが、金で転ぶと思ったのですか? 見くびってもらっては困りますよ」
「ドーレスさん、あなたは金次第でどんな依頼でも受けるのでは?」
「そうです。しかし、一度受けた依頼は必ず遂げます。金で寝返ったとなれば、信用問題なんです。そうなれば、誰もあたしに依頼しませんよ」
「……それは、私とて同じことだ。依頼は必ず遂げる」
「それじゃあ、お話は終わりですね。おい、ロックスさんがお帰りだぞ」
執事が入ってきても、ロックスは怒りに震えて立ち尽くしていた。
「ロックスさん。早くお帰りください。怒ったふりをして、間取りを見ているんじゃないでしょうね」
ドーレスがそう言うと、ロックスは無言で振り返り、執事より先に歩き出した。
◆ ◆ ◆
「先生、どうでした?」
ブレッド街の事務所に戻ったロックスを、シェリーが迎えた。
ロックスは、言葉よりもその表情で、ドーレスとの交渉が決裂したことを語っていた。
「皮肉なことに」
ロックスは椅子に腰を下ろしながら言った。
「悪党は、誰よりも信用できるということだな」
「え?」
「やはり、やつは大した悪党だ。でも、僕に似ているな」
「先生とヤツが似ているんですか?」
「受けた依頼をやり遂げるという点ではね」
「ま、とにかく。交渉は失敗だ。となると、出来る手は限られてくるな」
ロックスは、そう言いながらシェリーの方を見てウインクした。
──3日後の夕方、不可解そうな表情でロックスは事務所に帰ってきた。
「お帰りなさい、先生」
「シェリー。あちこち回ったが、ドーレスの依頼主やその目的は、皆目つかめなかったよ」
「そうですか。それで、あたしの方ですけど」
「上手くいったかい?」
「はい、先生。ドーレスは、規則正しい生活をしています。決まった時間に起きて、食事し、家を出ます。帰ってくる時間も、寝る時間も決まっています」
「でかした、シェリー。君をメイドとして潜入させたかいがあったよ。やつに怪しまれなかったか?」
「あの男、ドーレスは使用人の全員を怪しんでいます。誰も信用しません」
「ますます皮肉だな。信用できる悪党が、誰も信用していないとはね」
「それで、先生、どうするんです? どうやって手紙を?」
「そうだな。例の作戦を実行するとしよう」




