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第二の手紙 ~令嬢の婚約破棄事件~  作者: 藤村 としゆき


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1/6

その1・手紙を持った獣


「それで、エレナ嬢。その手紙を取り戻したいと?」


「は、はい。ロックス様」


「ふーむ」


 そう言うと、解決屋フィクサー、あるいは便利屋などと呼ばれる男、ゴーディ・ロックスは肘掛け椅子に座り、背もたれに沈み込んだ。


「あの手紙の存在が知られたら、間違いなく私の婚約は破棄されてしまいます」


 エレナ・コールドストーン嬢は、椅子から身を乗り出して言った。


「ロス家の令息、アルバート卿との婚約が、ですね?」


「その通りです、ロックス様」


「……なるほど」


 ロックスは、背もたれに寄りかかったまま応えた。


「こういう依頼はよくあるんですよ。この、あなたからの手紙によると、結婚式は1か月後だとか?」


「はい、ロックス様」


「その手紙はいつ出した……いえ、いつ書かれたものですか?」


「半年ほど前です。ある方に書いた恋文なのです」


「手紙の相手は……? おっと失礼、それは問題ではありませんね」


「はい、手紙には、互いの名前の代わりにイニシャルだけ書かれています」


「それで、手紙はどこに? エレナ嬢。いや、誰が持っていて、あなたをおとしいれようと?」


「その男は、スリト・ドーレスといいます」


「ドーレス!」


 ロックスは立ち上がり天を仰ぐと、椅子の周りを2、3度往復した。


「その男は、界隈では、たちが悪いともっぱらの評判のやつですよ。やつは、金次第でなんでもします。実際、やつのせいで婚約を破棄された件はいくつもありますよ」


「はい、ロックス様。私もそのように聞いております」


「ドーレスに何を要求されましたか? エレナ嬢」


 椅子に戻りながら、ロックスは尋ねた。


「いえ、何も……」


「何も?」


「ただ、手紙を公表し、私の婚約を破棄させると」


「なるほど。それじゃあやつは、誰かに依頼されたわけだ。そしてわざわざ、あなたにそれを宣言したと」


 ロックスがそう言うと、エレナ嬢はうつむいた。


「心当たりは? 誰か、あなたの婚約を破棄させたい者。それで得をする者。あるいは、あなたを恨んでいる者は?」


「それが……、ロックス様。心当たりがないんです」


「……ふーむ、それは奇妙ですな。どうやって、やつは手紙を手に入れたんでしょう?」


 

 ──しばらくの沈黙があった。

 ドアをノックする音が聞こえ、メイドの少女が入ってきた。


「お茶をお持ちしました、先生」


「ありがとう、シェリー」


 シェリーはお茶をカップに注ぐと、一歩下がってそのまま部屋に留まった。


「……ともかく、エレナ嬢。手紙を取り戻せばよいのですね」


「はい。お願いします、ロックス様……」


 エレナ嬢は、ちらりとシェリーを見た。


「ああ、この子のことは大丈夫です。こう見えても、シェリーは有能な助手なのですよ」


「助手? この子がですか?」


 そう言われると、シェリーはエレナ嬢にほほ笑み、軽く膝を曲げた。


「それにしても、ドーレスか。やつが関わっているとなると、話が違ってきますね」


「危険ですの?」


「そうですね。しかし、貴婦人が困っておられるのを見すごすことはできません。エレナ嬢、この1か月、それでかなり悩んでおられますね」


「ど、どうしてお分かりですの?」


「私が受け取った貴女からの依頼の手紙は、書き始めから2度、期間を置いていますね。インクの染み込みと変色具合でわかります」


「は、はい。その通りです」


「まず『ロックス様へ』と書いて、間を開けてから本文を書き、また間を開けてから『伺います』と書いていますな。その間、依頼するかどうかをためらったのでしょう」


「まあ! おっしゃる通りです。まるで私の心を見透かしているようですわ」


「それに、最近、書きものをたくさんしましたね。あなたの中指の関節についたペンの跡や、爪に付いたインクの染みでわかります。代筆を頼めない重要な手紙を書いていたのでしょう」


 エレナ嬢は、あっけに取られてロックスを見てから、盆を持って誇らしげに微笑むシェリーを見た。


「ともかくやってみましょう、エレナ嬢。結婚式まで残り1か月とのことですから、できるだけ早く手紙を取り戻さないと」


「はい、ロックス様なら、必ず手紙を取り戻してくださると信じています」


「保証は出来ません。成功の見込みは五分五分ですよ。それでは、またこちらからご連絡いたします。シェリー、お客様がお帰りだ」



 ──依頼者が帰ると、ロックスは椅子の背もたれに寄りかかり、ティーカップを口に運んだ。


「先生、どうするんですか?」


 シェリーが聞くと、ロックスはカップを置き、両手を頭の後ろに組んだ。


「明日、ドーレスの家に行くつもりだ」


「え、先生。行ってどうするんですか?」


「やつに、手紙を返してくれるように頼むのさ」


「返してくれっこありませんよ」


「そうかもな。ま、とにかくやってみるさ」



 ──翌日、ロックスはドーレスの住所を書いたメモを取ると、玄関を出て馬車を呼び止め、乗り込んだ。


「先生。お気をつけて」


「ああ、シェリー。……御者くん、レバートン通りまで頼む」


 馬車が走り去るのを、シェリーが見送っていた。


 ◆ ◆ ◆


 ──レバートン通りの、メモにある住所に馬車が到着した。人通りの少ない通りに、ドーレスの屋敷があった。


「……ここだな。停めてくれ」


「どうどう。旦那、ここはあのドーレスの家ですよ。入るんですか?」


「そのために来たんだ」


「もっとも、ここには色んな人が来ますがね」


「ほう?」


「ええ、旦那。立派な身なりの紳士や、ベールをかけた貴婦人も、このドーレスの屋敷に案内したこともありますよ」


「ふーん、うちと同じじゃないか」


 そう言いながら馬車から降りると、ロックスは屋敷の外観をしばらく観察した。


 ドーレスの邸宅は、特に変わったところはない。ごく普通の屋敷だが、ここに悪党が潜んでいるという事実が、ロックスに不吉なものを感じさせた。



 ここは、いわば獣の巣なのだ。ロックスは玄関の呼び鈴を鳴らした。


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