その1・手紙を持った獣
「それで、エレナ嬢。その手紙を取り戻したいと?」
「は、はい。ロックス様」
「ふーむ」
そう言うと、解決屋、あるいは便利屋などと呼ばれる男、ゴーディ・ロックスは肘掛け椅子に座り、背もたれに沈み込んだ。
「あの手紙の存在が知られたら、間違いなく私の婚約は破棄されてしまいます」
エレナ・コールドストーン嬢は、椅子から身を乗り出して言った。
「ロス家の令息、アルバート卿との婚約が、ですね?」
「その通りです、ロックス様」
「……なるほど」
ロックスは、背もたれに寄りかかったまま応えた。
「こういう依頼はよくあるんですよ。この、あなたからの手紙によると、結婚式は1か月後だとか?」
「はい、ロックス様」
「その手紙はいつ出した……いえ、いつ書かれたものですか?」
「半年ほど前です。ある方に書いた恋文なのです」
「手紙の相手は……? おっと失礼、それは問題ではありませんね」
「はい、手紙には、互いの名前の代わりにイニシャルだけ書かれています」
「それで、手紙はどこに? エレナ嬢。いや、誰が持っていて、あなたを陥れようと?」
「その男は、スリト・ドーレスといいます」
「ドーレス!」
ロックスは立ち上がり天を仰ぐと、椅子の周りを2、3度往復した。
「その男は、界隈では、たちが悪いともっぱらの評判のやつですよ。やつは、金次第でなんでもします。実際、やつのせいで婚約を破棄された件はいくつもありますよ」
「はい、ロックス様。私もそのように聞いております」
「ドーレスに何を要求されましたか? エレナ嬢」
椅子に戻りながら、ロックスは尋ねた。
「いえ、何も……」
「何も?」
「ただ、手紙を公表し、私の婚約を破棄させると」
「なるほど。それじゃあやつは、誰かに依頼されたわけだ。そしてわざわざ、あなたにそれを宣言したと」
ロックスがそう言うと、エレナ嬢はうつむいた。
「心当たりは? 誰か、あなたの婚約を破棄させたい者。それで得をする者。あるいは、あなたを恨んでいる者は?」
「それが……、ロックス様。心当たりがないんです」
「……ふーむ、それは奇妙ですな。どうやって、やつは手紙を手に入れたんでしょう?」
──しばらくの沈黙があった。
ドアをノックする音が聞こえ、メイドの少女が入ってきた。
「お茶をお持ちしました、先生」
「ありがとう、シェリー」
シェリーはお茶をカップに注ぐと、一歩下がってそのまま部屋に留まった。
「……ともかく、エレナ嬢。手紙を取り戻せばよいのですね」
「はい。お願いします、ロックス様……」
エレナ嬢は、ちらりとシェリーを見た。
「ああ、この子のことは大丈夫です。こう見えても、シェリーは有能な助手なのですよ」
「助手? この子がですか?」
そう言われると、シェリーはエレナ嬢にほほ笑み、軽く膝を曲げた。
「それにしても、ドーレスか。やつが関わっているとなると、話が違ってきますね」
「危険ですの?」
「そうですね。しかし、貴婦人が困っておられるのを見すごすことはできません。エレナ嬢、この1か月、それでかなり悩んでおられますね」
「ど、どうしてお分かりですの?」
「私が受け取った貴女からの依頼の手紙は、書き始めから2度、期間を置いていますね。インクの染み込みと変色具合でわかります」
「は、はい。その通りです」
「まず『ロックス様へ』と書いて、間を開けてから本文を書き、また間を開けてから『伺います』と書いていますな。その間、依頼するかどうかをためらったのでしょう」
「まあ! おっしゃる通りです。まるで私の心を見透かしているようですわ」
「それに、最近、書きものをたくさんしましたね。あなたの中指の関節についたペンの跡や、爪に付いたインクの染みでわかります。代筆を頼めない重要な手紙を書いていたのでしょう」
エレナ嬢は、あっけに取られてロックスを見てから、盆を持って誇らしげに微笑むシェリーを見た。
「ともかくやってみましょう、エレナ嬢。結婚式まで残り1か月とのことですから、できるだけ早く手紙を取り戻さないと」
「はい、ロックス様なら、必ず手紙を取り戻してくださると信じています」
「保証は出来ません。成功の見込みは五分五分ですよ。それでは、またこちらからご連絡いたします。シェリー、お客様がお帰りだ」
──依頼者が帰ると、ロックスは椅子の背もたれに寄りかかり、ティーカップを口に運んだ。
「先生、どうするんですか?」
シェリーが聞くと、ロックスはカップを置き、両手を頭の後ろに組んだ。
「明日、ドーレスの家に行くつもりだ」
「え、先生。行ってどうするんですか?」
「やつに、手紙を返してくれるように頼むのさ」
「返してくれっこありませんよ」
「そうかもな。ま、とにかくやってみるさ」
──翌日、ロックスはドーレスの住所を書いたメモを取ると、玄関を出て馬車を呼び止め、乗り込んだ。
「先生。お気をつけて」
「ああ、シェリー。……御者くん、レバートン通りまで頼む」
馬車が走り去るのを、シェリーが見送っていた。
◆ ◆ ◆
──レバートン通りの、メモにある住所に馬車が到着した。人通りの少ない通りに、ドーレスの屋敷があった。
「……ここだな。停めてくれ」
「どうどう。旦那、ここはあのドーレスの家ですよ。入るんですか?」
「そのために来たんだ」
「もっとも、ここには色んな人が来ますがね」
「ほう?」
「ええ、旦那。立派な身なりの紳士や、ベールをかけた貴婦人も、このドーレスの屋敷に案内したこともありますよ」
「ふーん、うちと同じじゃないか」
そう言いながら馬車から降りると、ロックスは屋敷の外観をしばらく観察した。
ドーレスの邸宅は、特に変わったところはない。ごく普通の屋敷だが、ここに悪党が潜んでいるという事実が、ロックスに不吉なものを感じさせた。
ここは、いわば獣の巣なのだ。ロックスは玄関の呼び鈴を鳴らした。




