回想
「私って、ほぼ里子なんだよね」
瀧川聡子は私の隣の席でそう呟いた。正直彼女の話は実に要領を得ない。いつもは紳士的に相槌を徹底している私だが、これはいささか真剣な話題を進めようとしているようだ。
「どういうこと?」
「君、聞いてないでしょ」
「ごめん、ちゃんと聞くから」
「だからね、私は母親とも父親とも血が繋がってないから、もうこんなの里子みたいじゃない」
彼女の話を要約するとこうだ。彼女の本当の母親は幼い頃に蒸発してしまい、父親はすぐに彼女が通っていた保育園の職員と再婚した。だが6年後、父親は重い病にかかって亡くなってしまったのだという。血の繋がらない母親は苦悩の末、新たに父親となる男を迎えたという。
「お母さん私にすごく気をつかってて、わざとらしく溺愛するの。あなたは私の宝物なのよ。天使が授けてくれた贈り物なのよって。バカみたい。」
不妊治療も上手くいかず、かつての夫に離婚を切り出された彼女の母親は、血は繋がっていなくとも自分の娘ができたことで大いに喜んだという。
「愛してくれてるのはわかるのよ。でもそのせいで私は居心地が悪いの。お金持ちの人と結婚してくれたから生活に不満はないし、私が望むものは与えてくれる。別に他の子たちみたいに本当の家族が欲しいなんて悲観的になることはないけど、毎日家に帰るたびに、またこの人の理想の娘を演じないといけないんだって気持ちになって、本当に気持ち悪い。」
高校生だった私でも彼女が私に何か気の利いたことを言って欲しい訳ではないことは分かった。こういう時はただ頷いて、共感して聞いていればいいのだ。
「ねぇどう思う?君だったらこんな生活耐えられる?」
「いや、なかなか耐えられるものじゃない。瀧川さんはよくやっているし、毎日ちゃんと学校にも通ってて、えらいと思う。」
「100点の回答ね。きっと女の子の会話についての参考書があったら例文に使われてるわよそれ。」
やれやれ。彼女は気の利いた言葉を求めている。全く私になんと言って欲しいのだ。ここで私が「君には心の回復が必要だ。今から学校をサボって僕と一緒に逃げてしまおう。」と言ったら満足なのか。
「いいの。ただ君からはなんだか面白い一言が出てくると思って勝手に期待しただけ。」
彼女との関係性について記そう。高校生になった私は席替えがある毎に彼女と隣の席になった。くじ引きだというのに不思議なこともある。瀧川聡子はこけしのような髪型に眼鏡をかけた少しふくよかな子で、授業中に発言することもなく、誰か友人と話している姿も見かけたことがない。簡単に言ってしまえば目立たない子だ。最初は何の会話もない我々だったが、さすがにここまで席が隣になると会話も始まる。
「僕はテニス部」
「私は吹奏楽」
「僕は電車通学だよ」
「私は自転車」
「…」
「君面白いね」
全く意味がわからない。会話とも呼べない言葉のやりとりから彼女は私のどこを気に入ったのだ。
やがて彼女は自身の話をするようになった。それは一貫して彼女の自己満足で、私はいつもうんうんと頷いていればよかった。しかし夏休みが明けて1週間が経過した今日の彼女はいつにも増して饒舌だ。
「こんな話、君にしかできないのよ。私は外見的な特徴は皆無で友達と呼べる子もほとんどいないし、勉強ができる訳でもない。よくもこんな特徴のないことが特徴の人間が出来上がるものだわ。」
「僕でよければ何でも話せばいい。」
「ありがとう。君ってモテるでしょ。私、学校の噂話なんて全く知らないけど、君が優しくて顔も悪くないことだけは分かるわ。君と隣の席で良かった。」
どうやら満足したようだ。彼女はやりかけていた数学の問題に戻る。今は授業中なのだ。
「ねえ君、小説は読む?」
「全く読まない。」
「そうよね。」
翌週、彼女は学校を辞めた。




