ある1日 前半
第二話です。
新しい朝は、電子的なチャイム音と共に始まる。 私は誰もいない仮設住居のベッドから起き上がり、顔を洗うために洗面台へ向かった。
この星は水に恵まれているが、それでも水の扱いに気をつけないと、地球みたいに生活困難になる。
配給で配られた専用の「BAFEジェル」は、肌に塗って数分置き、その後エコなティッシュペーパーで拭いて、ほんの少しの水が含まれるウェットティッシュで肌をもう一度拭けば、汚れも瞬時に分解されてサラサラになる。
ゴミ袋や保存容器も、すべて配給品だ。薄いのに通常は絶対に破れない不思議な素材でできていて、使用後は回収ボックスに入れるルール。この星でこそはエコを極めた生活をしなくてはならない。
「今日のメニューは……」
私は配給所から朝ご飯を受け取って来た。今日のメニューは『パラパラチャーハン(乾燥野菜入り)』と『とろみ付きコンソメスープ』。 スプーンですくって口に運ぶ。味は悪くない。塩気も旨味もしっかりある。でも、この星の食事は地球となにか違う。当然だけど。まぁこの星で生活を始めてからだいぶ経ってるし、まあまあ慣れた。
——ふと、通学路にある「配給事務局」の食堂を思い出す。 あそこには、大人たちが長い列を作っていることがある。彼らは『高対価引き換え労働』の申請者たちだ。 通常の労働に加え、危険なエリアでの清掃や、過酷な夜間作業を5日間連続で行う。そして厳しい本人確認と事務手続きをクリアした者だけが、事務局の食堂で許される特権—— 『本物の肉ステーキ』 『小麦のパンと甘いマーマレード』 『嗜好飲料(コーヒーや炭酸ジュース)』 にありつけるのだ。
(お母さんも、いつかあれを食べたいって言ってたな……) 私は合成スープを飲み干し、身支度を整えた。
———家を出る前、少しものを整理したくなって、タンスの一番下の段を整理した。色々とものが入っていたが、その一つに絵画セットがあった。宇宙移動船の中、暇つぶしで開催されたビンゴ大会。数百人が参加した。この中で十数人が、勝った。私もそのうちの1人だ。そして景品、それこそがこの地球のフランス製絵画セットだ。絵の具、筆、シャープペンやシャー芯、パレット、種類のある数十枚の紙、色鉛筆や定規もある。私は絵を描くのが好きだから、嬉しいっちゃ嬉しいけど、今はこの「新星RZ」で生きる事に集中しなければならない。
———午前中の「学校」は、教育というより研修に近い。 クラスA9の教室には、私と同じくらいの年齢の子たちが50人ほど詰め込まれている。 「今日は『重力バランサー』の安全規格について暗記します」 モニターに映る教師の声を聞きながら、タブレットに打ち込む。 友達は何人かできたけど、遊ぶ余裕はない。みんなそれぞれ与えられた仕事がある。慣れない環境で心身が不安定な人もいる。結局、しばらく…2年くらいは頑張る。あと2年もすればきっと、この社会も私たちの毎日も安定してるはず。
そして午後。私はヘルメットを被り、指定された建設現場へ向かう。
「おい、レイラ! 遅いぞ、さっさと着替えろ!」 「すみません!」
現場は、学校とはまるで違う世界だ。 建設中の第4プラント内部。そこは、むせ返るような熱気と、肌を刺すような冷気が交互に襲ってくる環境だった。異臭もする。
私は支給されたマスクをつけた。マスク着用は普段は任意だが、場所により粉塵と建材の化学的な匂いが極めてきつい。だから上からの指示でマスク着用が強制される事もある。
私の仕事は、電動台車も入れない狭い通路へ、道具や資材を運ぶこと。 周りには、見たこともない道具を持った大人たちが怒号を飛ばしている。 宙に浮く台車、壁を一瞬で溶かして接着するレーザーごて、そして不気味に赤く光る水平器。
「ふう……」 3時間の重労働を終え、休憩のブザーが鳴った瞬間、私は更衣室のベンチに座り込んだ。 全身が鉛のように重い。 でも、私にはこの時間だけの楽しみがある。
ポケットから、地球から持ってきた古いスマホを取り出す。 そして、2センチ×1センチの小さなチップ、『使い捨てtereg』を充電ポートに差し込んだ。
《認証完了。通信モード:ON。残り容量:15%》
画面が明るくなる。 これが私の命綱。5日に1個配給されるこのチップがなければ、スマホはただの板切れだ。 設定画面で『充電優先』か『通信優先』かを選べるが、私は迷わず通信を選ぶ。 父からのメッセージが届いていた。
『レイラ、元気か? こっちは次の輸送準備でバタバタしている。戻れるのは少し遅れるかもしれない。でも、必ず行くからな。トトの様子はどうだ?』
たった数行の文字。でも、父の声が聞こえるようだ。 私は急いで返信を打つ。 『みんな元気だよ。トトはまだ施設だけど、来週は面会に行けるかも。お仕事頑張って。お土産はあっま〜いチョコレートがいいな』
送信ボタンを押す。既読はつかない。距離がありすぎるからだ。 それでも、心が少しだけ軽くなった気がした。
「よし、後半も頑張ろう」 私はteregを抜いて、作業着の胸ポケットに無造作に突っ込んだ。 それが、間違いだった。
——午後の作業が終わり、夕方の退勤チェックの時間。 私は更衣室で着替えながら、何気なく胸ポケットに手を入れた。
「……え?」
指先に触れるはずの、硬くて薄い感触がない。 ポケットを裏返す。何も出てこない。 足元を見る。ない。リュックの中、ロッカーの中、全部ひっくり返した。
「嘘……ない、ないないない!」
血の気が引いた。 teregはただの充電器でも通信機でもない。位置情報や個人情報が入っている上に、内蔵部品は大事な資材ともなる。そして「配給管理表」に書かれている日付(週末や自治会に指定された日、だいたい5日ごと)に返却しなくてはならない。
『紛失時は直ちに報告すること。ただし、始末書提出および次回の配給停止ペナルティが課される。もし10日以内に報告しなかった場合、事務所への連行、紛失反省、自治区裁判官の判断で強制重労働or留置所行きがある。』
入星時のアナウンスが脳内でリフレインする。 次回の配給停止? つまり、5日間スマホが使えなくなる? 父さんと連絡が取れなくなる?
「嫌だ……」 私は更衣室を飛び出し、さっきまで作業していた現場の通路へと走った。現場はすでに薄暗く、夜間モードの照明が不気味に明滅している。
「どこ……お願い、あってよ……」 這いつくばるようにして床を探す。 どこかで落としたとしたら、一番可能性が高いのは休憩所だ。息を切らして休憩所に戻ると、そこには絶望的な光景があった。 『清掃中。立ち入り禁止』 巨大な円盤型の清掃ロボットが、低い駆動音を立てながら床を磨いている。あのドローンの吸引口は、落ちているゴミをすべて吸い込み、その場で粉砕処理する。
「あ……」 ドローンの進行方向、数メートル先の床に、キラリと光る小さなチップが見えた。 私のteregだ。 でも、間に合わない。ドローンは無慈悲に前進していく。
「止まって! お願い!」 私が叫んで駆け出そうとした、その時だった。
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続く。
裏設定(?)とか登場したアイテムの説明です。
4行目に出てきた「BAFEジェル」は、「ボディ アンド フェイス エコジェル」の略です。物語の世界では「ビーエフィージェル」または「バフェル」と呼ばれてる設定です。
通信機の役割をもつ「使い捨てtereg」は、使い捨てというか、内蔵電力やギガを使い切ったら、位置情報以外は機能しなくなり、市民がそれを回収箱に捨てるわけです。内部に極小に刻まれた個人情報とかを管理職の人が確認します(大事な仕事)。teregは、テレ(tele、英語で距離があるとかの意味)ギガ(G)の略です。teleのLはRにしました。




