3.
最終話
しかし、ことはリマの期待通りには進まなかった。
確かに優斗からは「おいしい」「おまえ天才」ってたくさん褒めてもらったけど、周りに「こいつ、オレの幼なじみ」って紹介されたせいか、カノジョの座を確保する作戦はなかなか進まなかった。
二年に進級して桜の蕾がほころび始めたころ、リマは作戦をバージョンアップした。
やっぱり料理でハートを掴むなんてまだるっこしい。もっと直接的な方法でなきゃ。勇気を出してガツンといこう、ガツンと!
リマはいつものように試合を応援したあと、優斗を強引に誘った。「ねぇ、一緒に帰ろ」って、飛びきり甘い声で。
「どうしたよ、珍しいじゃん、一緒に帰ろうなんてさ」
「昔はよく一緒に帰ったじゃん、ね」
そう言うとリマは、そっと優斗の手を握って秘密の道に誘い込んだ。
この道は、公民館の生け垣を潜って児童公園に抜ける秘密の裏道だ。小学生だったころは毎日、暗くなるまで優斗と遊んで、この道を抜けて家路についた。
そう、ふたりだけの秘密の裏道。
覚えてるかな、優斗。
昔よく遊んだ児童公園のブランコの前まで来たところで、リマは、握った手を恋人つなぎに握りなおした。
「やめろって」
悲しいことに優斗はその手を振り払った。
「どうしたんだよリマ、人が見てたらどうすんだよ」
リマはあきらめなかった。
「ねえ」
もう一度手を握ってこっちを向かせると、今度は身体ごと優斗に抱きついた。
「大好き!」
優斗は呆然としているみたいだ。きっと急な展開に驚いている。でも逃げないってことはヤじゃないってこと……、そう思っていいよね。
よし、これからが本番だ。
リマはスカートのポケットに手を入れた。そこにはスリムタンブラーに移し替えた、例の水が入っている。
リマは、片手でキャップを開けると、優斗と自分に振りかけた。これで優斗とわたしは、なじんで調和する!
「うわ! つめて、何すんだよリマ」
慌てている優斗を何とか抱き留めてさらにどぼどぼと水をかけ、何度も何度も身体をこすり合わせた。
変化はすぐに現れた。
ふたりの間を遮っていた膜のようなものがさぁっと溶けてなくなり、優斗の気持ちが自分の気持ちみたいに入ってきた。わだかまり、ていうことばが突然、頭の辞書から消えてしまったみたいだ。
優斗にも同じ変化が起きたらしい。
「あは、なぁんだ、そういうことか」
さっきまでオロオロしていたのが嘘みたい。
よかった、成功だ。
リマは再び手を繋ごうとして……、手が動かないことに気付いた。
いや。
動かない、わけではない。
あそっか、だよねー。きっと深く深ぁ~く優斗となじんだからだ。今さら手を繋ぐ意味がわからない。あれほど胸を焦がしていた恋心は、いつの間にかすっかり消えてる。恋心が消えちゃったんだからこれは失恋じゃないし、実際、悲しくもなんともない。
「なんかびしょ濡れだぞリマ。あ、そうだ、これ使えよ」
優斗はスポーツバッグから大きなタオルを取り出して貸してくれた。
試合の最中にも使ってたやつ……。
ちょっと前ならきっとドキドキしたはずだ。
でも不思議ともう、顔が熱くなることも、『え、うそマジ?』って胸がキュンとすることもなかった。 リマはただ、「サンキュ」と冷静にタオルを受け取って顔を拭った。ほんの少し優斗の匂いがしたけど、だからってそれが何?
リマは、“なじみ水” の宣伝に書いてあったひと言を思い出していた。
『この水の使用によっていかなる結果になろうとも、一切の責任は負いません』
《了》
注: 恋に近道はありません。




