くじらの扉
目覚めると扉があった
3種類の扉があった
大きさの違う扉だった
「うん?ここはどこだろ…」
「扉しかないなんて」
「ようこそ、赤子の間へ」
「赤子の間?」
「はいっ、あなたには3種類の扉から一つを選んでもらいます」
「何でそんなことを…」
「あなた自身の意志でここへ来ました」
「そんなこと身に覚えがないよ」
「いいえ、あなたの魂が赤子の間を求めていました」
「そんな…」
「あなたはただ3つの扉から一つを選べばよいだけです」
「間違ったらどうなるの?」
「この扉に正解も間違いもありません」
「どういうこと?」
「それでは、3つの扉から一つを選んでください」
いちごと書かれた大きい扉
りんごと書かれた普通の扉
みかんと書かれた小さい扉
「どれを選べば…」
「あなたの声に聞いて下さい」
「声?」
「はいっ、あなたの声です」
小さな胸に手を当てる
ぼくの声に耳を向ける
みかんの扉を押し開けた
「ここは…」
「はいっ、次の赤子の間です」
サッカーと書かれた大きな扉
野球と書かれた普通の扉
散歩と書かれた小さな扉
「また、新しい部屋…」
「はいっ、あなたの声に従って下さい」
小さな胸に手を当てる
ぼくの声に耳を向ける
散歩の扉を押し開けた
「ここは…」
「はいっ、新たな赤子の間です」
「いつまで続くの?」
「それは教えてはいけない決まりです」
犬と書かれた大きな扉
猫と書かれた普通の扉
うさぎと書かれた小さな扉
「懐かしい…」
「懐かしいですか?」
「うん、とても懐かしい気分」
「そうですか、思い出してきましたか」
「えっ、どういうこと?」
「いえいえ、選んでください」
小さな胸に手を当てる
ぼくの声に耳を向ける
うさぎの扉を押し開けた
「ここは…」
「はいっ、見覚えがあるでしょう」
こたつでみかんを食べるぼく
祖母と散歩をしてるぼく
うさぎに餌をあげるぼく
「ここはぼくの記憶…」
「思い出してきましたか…」
母と書かれた大きな扉
父と書かれた普通の扉
祖母と書かれた小さな扉
「また会いたいなぁ」
「誰にですか?」
「おばあちゃんに…」
「そうですか」
「今しか話せないことがあるんだ」
「そうですか」
「どの扉を開くかは決まっているよ」
小さな胸に手を当てる
ぼくの声に耳を向ける
母の扉を押し開ける
「祖母の扉ではないんですね?」
「うん、もうおばあちゃんはいないからね」
「父の扉ではないのですか?」
「うん、ぼくには母親しかいないんだ」
「そうですか…」
カラスと書かれた大きな扉
ねずみと書かれた普通の扉
くじらと書かれた小さな扉
「何、この扉…」
「これが最後の扉です」
「最後なんだ…」
「はいっ…」
「ぼくは決まっているよ」
「そうですか」
小さな胸に手を当てる
ぼくの声に耳を向ける
くじらの扉に心を決める
「ありがとう」
「何がですか?」
「大事なものを思い出させてくれて」
「そうですか…」
「うん、ぼくは昔から何も変わってないよ」
「そうですね」
「うん!?」
「あなたは何も間違えなかった」
「えっ…正解も間違えも無いんじゃないんですか?」
「いいえ、実はありました」
「そうだったんだ…」
「あなたは今を生きています」
「そうだね」
「これからも今を生きて下さい」
くじらの扉を押し開ける
ぼくの身体が流れ出す
噴水のように飛び上がる
「うん、眠いなぁ」
「朝7時か」
「そろそろ起き上がるか」
母と撮った写真立て
祖母から貰った千羽鶴
妻が作った朝ごはん
「いつもありがとう」
「愛してるよ」
ぼくが潜ったくじらのお腹
ぼくが気づいたくじらの秘密
くじらの扉を飛び出した