最愛の守り方
落ち込むガルドを見て、マークは昔の自分を見ているようだと苦笑した。
「ひかりちゃんは、逃げたいと言ったのか?そういう素振りしたか?」
「いや…してない」
「なら、お前はなんで手放すか悩んでるんだ?ひかりちゃんの決意を無下にするなよ」
マークに言われて、ガルドはハッとした。
ひかりは、自分で生きる道を決める人間だ。
逃げ道がないからそばにいるんじゃない。
「俺たちはなあ。このドン引きするほどの愛情が強みでもあるんだぞ?どんな困難も乗り越えるってな」
「マーク……ドン引きされたのか?」
ガルドの一言で、マークの涙腺が決壊した。
さっきまで、気怠げに大人しく飲んでた男とは思えない変貌ぶりにガルドはビクッと驚く。
「うあーーーん!今夜はゆっくり寝たいから別々で寝るってぇ!だって可愛すぎるからさあ!昨日はちょっとやり過ぎたなって反省したけど、信じてもらえなかったあぁ!ダリアちゃんの匂い嗅いで寝れないの無理ー死ぬー!!」
ドン引きである。
テーブルに突っ伏して泣いてるマークに、マスターを見ると顔が引き攣っていた。
「マスター、コイツはいつから呑んでるんだ?」
「かれこれ2時間ですかね。ずっと奥様に会いたいと泣いてますよ」
「ずっと…マスター大変だったな」
「はは…」
このバーは辺境伯家直属。
秘密裏に様々な情報を一族で共有し合う場だが、
激重愛情をぶつけてしまい伴侶から怒られた一族が泣きつく場でもあった。
いらない情報がどんどん集まっていく。
「だってさ、同じ館にいたら絶対無意識にダリアちゃんのベッド入っちゃうからさ、家を出るしかないじゃん!」
「マーク、だからって砦まで来なくても…」
「王都じゃ近いだろ!ダリアちゃんの存在感じちゃうんだよう!!無理無理、扉の前まで行っちゃう!扉が開くの待って、朝にダリアちゃんから怒られちゃう!」
ドン引きである。
一晩中、寝室の扉が開くのを廊下で待つ夫。ホラーでしかない。
マークはベソベソと泣きながらガルドにまとわりつく。
「ガルド、他人事みたいにしやがって!お前なんか、絶対俺より重いからな!辺境伯の血の強さ舐めんなよ!俺らは愛した人間を手放すなんて無理なんだよ!
こっちが出来るのは、彼女が壊れないように全力で守ることだけだ。ぐだぐだ考える暇あったら、どうやって守れるかを考えろ!うわーんダリアちゃーん!触りたいよーう!」
「…いい事言ってるんですけどねえ…」
最後の一言で台無しになっている。
マスターは、巨大な商会を牛耳っているマークを残念そうに見つめる。
彼の妻だって、相当な重圧を感じる席にいるのだ。
彼女の心を守るのに、どれだけ心血を注いでいるだろう。
「若様。辺境伯夫人は辺境伯の責務を一人で背負いません。夫と二人で背負うのですよ。
一族の者が選ぶ伴侶は、全てを守られるより支え合うのを望まれる方が多いのです。
背負いきれない重圧は、先に夫が受け取って軽くして差し上げれば良いのです。
奥様が倒れぬように歩きやすく、ならした道を共に歩めばいいのですよ」
「それで、ひかりは楽になるのか…?」
「ふふ。結ばれるお相手は、似た者同士なのです。我ら一族の愛情を受け止めることができるのは、豪胆な方が多いのですよ」
マスターは、何人も一族の苦しみを見てきた。
相手を縛り付けてしまう、呪いのような重い愛情。
だが、選んだ相手もなかなかに愛情深いことがほとんどだった。
それはもう、側から見れば笑ってしまうほどに。
「ひかり様を信じて、お待ちになることです」
「そうだぞ〜。妻になろうとしてくれてんだ。待ってる間に、こっちは守る体制を万全にするんだよ。ひかりちゃんが倒れちまう前に、若様が全部潰しとけ」
いつの間にか泣き止んでいたマークは、頬杖を付いてガルドを見ていた。
目が合うとニヤリと笑う。
「どうしても無理だったら、当主の座を兄弟に渡すんだろ?そしたら俺が雇ってやるよ」
「恐ろしいこと言うな!……守ってみせるよ」
「おう。頑張れ」
ガルドは決意した気持ちを飲み込むように、グラスの中の酒をあおった。
マークもマスターも、未来を見据えた次期当主に満足気に笑った。




