好きだからこそ
パーティーは無事終わった。
みんな部屋に戻り、静かな夜を過ごしていた。
次の日は片付けも残っている為、早朝の鍛錬もお休みだった。
「は〜、流石に疲れたわあ」
「リサリア、お疲れ様。はい、お茶」
「ありがとう、ひかりちゃん」
談話室で、リサリアはこきこきと首を動かす。
ひかりは、温かい紅茶を淹れてあげた。
エランやヴィー隊長たちも、まったりと過ごしていた。
「それで、どうだったかしら?」
「どうって?」
「え、ガルドはまたヘタレてたの?」
「え!?な、なんの話?」
ワクワクと期待を込めた表情でリサリアがひかりを見つめてきて、ひかりは戸惑った。
「両想いだもの!恋人同士になれた?」
「え!なになに、とうとうなったの!?」
ソファでだらけていたエランが嬉しそうに起き上がった。他の団員たちは驚きで聞き耳を立てていた。
アレで、まだなってなかったの!?
真っ直ぐに輝く未来を夢見ているリサリアとエランに、ひかりは眩しく感じながら苦笑した。
「なってないよ」
「え!?」
「なんで!?団長すごい好き好き言ってるのに!」
「そんなに好き好き言ってないよ!?」
「似たようなものじゃーん。なんで返事しないの?」
なぜ、団長の胸に飛び込まないのか全く理解できないとエランは不思議そうにしていた。あの団長なら、絶対守ってくれるだろう。
ひかりは目を伏せた。
向こうの世界で見てきた。同年代の結婚、出産…離婚。沢山の愚痴や相談もあふれていた。
階級なんてなくたって、結婚は楽しいだけじゃない。自分達だけで責任を取ることすら、私は重いと思っていた。
「結婚は…お互いが支えて成り立つものだから。今は返事が出来ないよ。私は貴族を知らないから。
覚悟が出来てないなら、簡単に答えちゃいけない」
「そんな!?大丈夫よ!王家だって認めたし、周りの貴族だってガルドの牽制で手出ししないわ!」
「覚悟なんて無くたって、団長が守ってくれるよ!
好き同士が一緒にいるのが一番じゃない?」
貴族令嬢のリサリアには、身分差によって平民が受ける重圧を深くわからない。高位貴族だからこそ、同じ境遇の者同士が結婚する姿しか見たことがない。
エランには、結婚の責任の重さがわからない。
好きだから一緒にいる。それで充分なのではと思っている。
若いリサリアとエランには、ひかりの現実と責任の重さを理解するのは難しかった。
「ハイハーイ。ひかりちゃんの気持ちはひかりちゃんだけのものよ。結ばれるタイミングは、二人で決めるものでーす。見守りなさい」
「痛っ」
「ヴィー隊長、痛い!」
話を聞いていたヴィー隊長が、リサリアとエランに近付いて、おでこを順番にペチリと叩いた。
ヴィー隊長はひかりの頭を撫でたあと、ぎゅっと抱き締めた。
ーーーあの人も、こんな風に悩んだのかなあ。
懐かしい思い出を片隅にやって、ヴィーは優しくひかりに笑いかけた。
「覚悟を決める準備を始めるのね?…頑張って」
その言葉に、ひかりの目が潤んだ。
声も出さず震えていて、ポロリと涙が溢れた。
本当は怖い。でも、手放したくないと思ってしまった。
ーーーもう戻れない。
ひかりの涙にリサリアとエランはやっと、ひかりの恋は甘いだけじゃない、とても重いものだと気付いた。
リサリアはショックだった。
「………ひかりちゃん、ごめんなさい」
貴族で恋愛結婚は、結ばれれば幸せになるとリサリアは思っていた。
あのガルドなら全力で守るから、きっと大丈夫だと確信してしまった。
「貴族として生きること」が、こんなにひかりを苦しめるなんて思いもしなかった。
リサリアの瞳が潤みだすと、すぐに涙が溢れていく。
「わ、私が王家から守ろうと…勝手にひかりちゃんの結婚まで考えて、貴族の誰かと結婚するのを決めようとした。辺境伯夫人なんて、うっく…高位貴族なのに。うっうぅっ…ごめんなさい…」
ボロボロと涙を流してリサリアは謝罪した。
守って幸せにしたいからといって、なんてことをしたのだろう。
彼女の人生の道すじを無理矢理作ってしまった。
そんな権利、私にはないーーー
子供のように泣いて謝るリサリアに、ひかりは涙を拭いて優しく微笑んだ。
「キッカケはリサリアが作ったかもしれないけど、選んだのは私だよ。ガルドと私が選んだの。だから、リサリアのせいじゃないよ」
「うっううっ。ごめんなさい」
「ガルドを好きになれて嬉しかったよ?ありがとうリサリア」
「う、うわあああん、ひかりちゃあん!」
ひかりにしがみついて、リサリアはわんわん泣いた。そんな彼女の背中をひかりは優しく撫でていた。




