未来のために
「団長、すみません、ちょっといいですか。」
「ああ。ひかり、すまない。少し外していいか?」
「うん。いってらっしゃい」
ガルドは様々な隊の団員たちに声をかけられ、仕事の話をしていた。
ガルドが騎士団の仕事をしている姿を間近で見るのは初めてだ。
貴族の人は、領地の話もしていた。
にこやかに優雅に挨拶をして、ひかりにも話しかけてくれた。
「ひかりちゃん、ぜひ団長とうちの領地に遊びにきてくださいね」
そう話しかける姿は、まさに営業職。
ガルドの辺境伯令息としてのやり取りも仕事なんだなと実感した。
今夜のガルドは、今まで見ていたガルドとは全然違う姿だった。
きっと、これが彼の生きる世界なのだろう。この先には、王族すら手が出せない辺境伯家の当主の座が待っている。
そんなガルドの隣に、自分が並ぶのを望まれている。
無意識にグラスを持つ手に力が入った。
底知れない不安がまとう。
「ひかり、お待たせ」
「うん。おかえりさない」
ガルドの声にハッとして、笑う。
その時、演奏楽団の音楽が流れ出した。
「ダンスが始まったな。ひかり、踊ろうか」
「え?私は踊れないよ?」
「大丈夫。俺がリードするよ」
ガルドは優しくひかりの手を取り、グラスをテーブルに置くとダンスの構えに導いた。
流れてる音楽は、二人の仲が近付けるように柔らかでスローテンポだった。
ダンスなんてしたことがないひかりは、ガルドのリードでポーズは出来たが動けない。
「えっと、どうすればいいの?」
「ゆっくり、ステップを踏むんだ。俺の足に続いてみて」
「う、うん」
ひかりはガルドの足元を見ながら、拙いながらもついていく。思ってたより動きは簡単で、すぐに覚えられた。
「上手だ。次は顔を上げて」
「出来るかな?」
ひかりは、ひょいと顔を上げるとすぐ近くにこちらを見つめるガルドと目が合った。
ぱちぱちと瞬きをする。目を逸らせない。
二人は見つめあったまま、ゆっくりステップを踏む。
音楽が優しく会場の響く。
多くの人が踊ってるはずなのに、ガルドの腕に包まれて二人だけの世界にいるようだった。
「好きだ。ひかり」
「……」
低く優しいガルドの声が、ひかりに届く。
胸が苦しいくらい嬉しい。幸せが満ちていく。
ガルドの綺麗な琥珀色の瞳をずっと見ていたい。
返事をしたら、きっとガルドは喜んでくれる。
でもーーーー
ひかりは、切なくなりながら笑う。
「ありがとう…ガルド」
好きと言う言葉を込めて、ひかりはお礼を言った。
今はまだ、応えてはいけない。
私は、この世界をロクに知らない。
知らなすぎるから、応えられない。
今日一日、ガルドの貴族としての生きる道を知った。
無知ではガルドの隣にいられない。
恋人になったら、何もかもがハッピーエンドで終わりじゃないんだ。
次期辺境伯令息のガルドとは、結婚するのが前提のお付き合い。当主の妻として生きることになる。それはどれほどの重責なのか。
ガルドは守ってくれるだろう。それでも、何も知らずにのうのうと暮らすなんて無理だ。
若い頃なら、勢いで飛び込めたかもしれない。ただ求められるままそばにいて、守られることに喜びを感じたかもしれない。
でもーーー私は、嫌だ。
夫婦になるなら、支えたい。私だって、守りたい。
貴族として私は生きられるのか、知らなければならない。愛だけで全てを乗り越えられる世界じゃない。
彼の負担になり続けてしまうのなら、きっと耐えられない。
壊れるかもしれない関係なら、まだこのままでーーー
ガルドは、ひかりが一線を引いたのに気付いた。
ひかりの切ない表情を見て、胸が張り裂けそうだった。
このまま攫ってしまいたい。腕の中に閉じ込めて、ずっと自分のそばに置いておきたい。
そんな衝動に駆られるのを必死で止める。自分の欲のまま行動したら、ひかりの心は壊れてしまう。
自分の足で立ち、自分で生きる道を選ぶ彼女。
好きという気持ちだけでは、彼女は自分を選ばないとガルドはわかってしまった。
「ひかり…」
それでも、離したくない。逃がせない。
ガルドは繋いでいた手に気持ちを込める。
「……」
ひかりは少し力を入れて握ってきたガルドの手を、大事そうに握り返した。
大切な恋だから、恋を愛に育てるために。
二人は急がないーーー急げない。
生涯を共にするなら…そう考えるからこそ。
二人は静かに寄り添っていた。




