優しいママ
翌朝、ひかりは遠くから掛け声が聞こえて目を覚ました。
見慣れない天井をぼんやりと見つめた。
………どこここ!?
ガバッと飛び起きた。
心臓がバクバクと鳴り、慌てて周囲を見渡した。
「ウソ…」
水色の壁紙に、白い家具を基調とした女性らしい部屋。
昨夜の出来事が夢ではなく現実だったと突き付けられ、ひかりは呆然とした。
リサリアさんの姿はなく、部屋には自分一人きり。静か過ぎて、逃げ出したくなる。
でも、リサリアさんが心配するかも……。
勝手に出ていいのかもわからず、ひかりは布団にくるまって小さく丸くなる。
心細さと恐怖に胸を締め付けられ、涙がにじみそうになっていた。
異世界に放り込まれた自分は、ずっとここに存在するのだろうか?いつかまた、消えたりしない?
どれくらいそうしてたか、ドアがそっと空いた。
朝の鍛錬を終えたリサリアが入ってきた。
「あ、ひかりちゃん起きた?おはよう!」
朗らかな笑顔で話すリサリアにひかりは安堵し、涙を堪えて笑って話そうとした。
そんなひかりの表情を、リサリアは見逃さなかった。
「ひかりちゃん、どこか具合悪いかしら?!お熱はない?お腹痛い?朝ごはん食べれそう?」
凄い速さでひかりのそばに来て、おでこに手を当てて熱を確認する。
小さい子のお世話をする母親のようなリサリアに、ひかりはポカンとなった。
「ふ…ふふ。リサリアさん、ママみたい」
ふにゃりと涙を滲ませながら緩く笑う。
リサリアは、庇護欲そそられるひかりの笑顔にハートを撃ち抜かれた。
「ひかりちゃんのママになれるなら本望だわー!!」
「キャー!」
リサリアに抱きつかれて、ひかりは声を上げて笑った。
恐怖は、どこかに飛んでいった。
リサリアはそのままひかりをぎゅっと抱きしめたまま、子どもの頭をなでるように優しく撫でた。
「ひかりちゃん、大丈夫よ。ここではひとりじゃないわ」
その声は冗談めかした調子とは違って、心にじんわり沁みる温かさがあった。
ひかりの胸の奥にあった不安の塊が少しずつ溶けていく。
「……はい」
表情の強張りが取れて小さく頷いたひかりを見ると、リサリアはパッと離れて元気に笑った。
「じゃあ!元気が出たところで朝ごはんにしましょ。厨房に頼んで、ひかりちゃんが食べられそうなものを用意してあるの」
「えっ、わたしのために?」
「もちろんよ。ママですもの!」
「あはは!ありがとうございます」
ひかりは照れ笑いしながら布団から出た。
「まずは着替えね!」
リサリアはワードローブを開けて、ご機嫌にひかりに似合う服を探しだした。
「サイズが合わないから、買わないといけないわね。とりあえず、これなら大きめでも着れるかしら」
リサリアが出したのは、綺麗な淡いレモンイエローのワンピース。
リサリアとの身長差は10cmはある。ひかりには袖丈が長くて、そのままでは着られない。
日本では丈が長くて困ることなんて、子供の時以来で謎の感動を覚えていた。
「おお〜すごい!大きい!」
「ふふ、ひかりちゃん可愛い!」
袖はまくり、腰に巻くリボンでスカートの丈を調整した。
短い髪が幼さを感じさせ、大人の服で背伸びした子供のようなチグハグさが微笑ましい。
「今日は、街へ買い物に行ったほうがいいわね。ガルドに相談しましょ」
そう言ってリサリアは、ひかりと並んで食堂へ向かった。




