パンドラの箱は仕舞って
エランは仕事が終わり、女子寮へ戻って来た。
ロビーを通り過ぎて上の階へ向かおうとしたところ、共同風呂から戻るひかりに鉢合わせた。
「うっわあ〜」
「あ、エランちゃん。お仕事終わったの?」
しっとりした髪に上気した頬。
そして、シンプルなシャツに少年のようなパンツルック。
耽美な美少年がそこに立っていた。
エランは、ため息を吐きそうになるのを我慢した。
これ、かなりダメやつだ。何でこんな服持ってんの?
「ひかりちゃん、その格好…」
「これ?リサリアが部屋の中なら良いよって言ってたやつ。部屋でまた着替えるの面倒だから、着ちゃった」
「………」
エランがバッと後ろを振り向くと、瞬時にこちらを見ていた誰かの視線が消えた。姿も見えない。
「ひかりちゃん。部屋の中以外は止めようか」
「え?なんで…」
「寮内にも護衛を置かれるのは嫌でしょう?」
「なんで護衛…?」
「私も、同僚や先輩を殴りたくない」
「なぜ!?」
エランは、ひかりの肩にそっと手を置いた。
優しい笑顔だけど、圧がものすごい。
「いい?もし、その格好をしたいなら、絶対に鍵を掛けてね?
自分の部屋から、出て来てはいけないよ?
災いを招くから、誰にも見せちゃだめだよ?」
「ハイ。スミマセン。モウデマセン」
エランの圧に震えながら答えたひかりは、部屋から出ない時だけ着ると決めた。
こうして、ひかり少年は封印された。
「えー、もっと見たかったあ」
「ヴィー隊長、仕事増やさないでくれます?」
ひょこっと顔を出して来たヴィー隊長は、残念そうにひかりが部屋へ帰って行った方向を見る。
「エランは、こういう時は意外と真面目だよねえ」
「失礼な。私はいつも真面目ですう」
ラーニャは、不満そうにエランを見る。
そんなに良かったか。
止めてほしい。
寮内は安全地帯であってくれ。
「真面目?おかしいですね。今日の夕方、裏門で」
「気のせいです。人違いですね」
セイランがポツリと呟いたのを、エランは即座に否定した。
こっそり同僚とお菓子を食べていたのが、どうやらバレている。
「全く。他人のモノに手を出そうとしないで、他を当たってくださいよ」
「えー。他がいないんだもの」
「来週に出会いがあるじゃないですか」
来週は、半年に一度の騎士団親睦パーティがある。
交流を図る名目だが、独身者にとってはほとんどお見合いパーティだ。
ここで付き合い始める団員たちが結構いる。
「エランは、部下とどうにかなりたいと思う?」
「思いませんけども」
「上司とか同僚はダメなんですかあ?」
「管理職は、別れたら働きづらくなるから同じ職場は面倒よ〜」
「何で別れる前提なんです?」
「長続きすると思う?」
ヴィー隊長の答えにくい質問に、3人共目を逸らした。
この人がずっと同じ人と付き合っている所を見たことがない。自由な人だからなあ。
「だから!夢だけ見れるひかりちゃんがいいんじゃない!もう眺めてるだけで幸せ!」
切ない心の叫びを聞かされて、気の毒そうな顔をエランはヴィー隊長たちに向けた。
「ちょっと、そんな目で見ないで!私はそんな理由じゃない!彼氏だって作るもん!」
「私は、ひかりちゃんに憧れてるだけです!」
ラーニャとセイランは、慌ててエランに弁解する。
まだ私たちは大丈夫だもの!まだ!きっと!




