夜の散歩
夕食の時間。
食堂では、リサリアがエランを連れて、ひかりとガルドがいるテーブルに来た。
「実家に帰る?」
「そうなの。外国に嫁いだ姉が急に里帰りして来るから、三日後は家に戻って来るように言われたの。次の日に帰ってくるから、ひかりちゃんと一緒に寝れないわ」
「リサリア、言いかた」
「え?ひかりちゃん、副団長と一緒に寝てるの?」
「エランちゃん、部屋が一緒なだけだから。ベッドは別々だから」
聞き捨てならない言葉に、周りの団員たちが騒ついてたが、なーんだと落ち着いた。
あいつらの明日の鍛錬は、倍にしてやるか。
ガルドは静かに明日の予定を組み込んだ。
「だから、何かあったらエランに言ってね。エラン、頼んだわよ」
「任せてください」
「わかった」
王妃様が招待してくれたお茶会もまだ先だし、特別な予定もないので、勉強して過ごすだけだ。
この世界に来て、一人で寝るのって初めてかも。
三日後。
リアリアを見送って、エランとも楽しくお喋りして過ごした。
何事もなく、夜は一人で就寝ーーーするはずだった。
「寝れない…」
すでに深夜近くなっている。
ひかりはゴロリと寝返りを打つが、諦めて起き上がる。
ウトウトすると、目が覚める。その繰り返し。
ひかりはこの世界に来てから、寝入りが悪かった。
向こうの世界で、ウトウト寝た時にこちらへ飛ばされたからか、警戒して起きてしまう。
いつもなら、隣のベッドにリサリアが寝ていた。
寝息、衣擦れ、人の気配を感じるだけで、見知らぬ場所に一人じゃないと安心出来た。
その後は、普通に眠れていた。
「参ったなあ…」
さっきは一度、飛び起きてしまった。
人の存在が無いとこんなに不安になるとは。
ぼんやり暗い静かな部屋に一人。このまま頑張って眠る方がキツイかもしれない。
ひかりはため息を一つ吐くと、ベッドから出た。
寝巻きから服を着替え、ストールを肩にかける。
団員さんたちが見回りしてるから、安全だよね?
ひかりは、ふらりと夜の散歩に出て行った。
「あれ?ひかりちゃん?」
「あ、こんばんはー」
夜遅くにひかりが歩いてるのを見て、夜の巡回の団員は目を丸くした。
「どうしたの?」
「ちょっと眠れないから、散歩です。臨時見張り台で少し外を見てくるだけなんで」
「え、気をつけてね?」
「はーい」
戸惑いつつ、団員は通り過ぎていく。
こんな時間に女性が出歩くなんて、この世界ではかなり珍しい。
通りがかった先の見張りの団員も、少し驚いていた。
いつもの臨時見張り台の階段を登り、街を見る。
夜の街は暗かった。
ほんの少しだけ、ポツポツと灯りが見える。起きてる人がいるのがわかると安心できる。
風がヒュウと髪を靡かせる。空には満天の星が輝いていた。
綺麗なのに、なんだか寂しい。
団員さんたちとも話せて、少し落ち着いてきた。
それでも、まだ一人で寝るのは嫌だった。
もう少しだけ、ここにいたい。
ガルドは執務室で、仕事をしていた。
そろそろ帰るかという時に、扉をノックする音がした。
こんな時間に…なにか起きたか?
「入れ」
「失礼します」
少し警戒しながら声をかけると、入ってきたのはまだ若い見回り当番の一人だった。
「あの、団長。ちょっと気になった事があって…」
ーーーー
ガルドは、臨時見張り台の階段を上がる。
そこには塀に頬杖をついて、外を眺めているひかりがいた。
「ひかり?」
「…ガルド?」
そっと声をかけると、ひかりがキョトンとした顔でガルドの方を見た。
「どうしたの?まだ仕事?」
「いや、もう帰る所だよ。ひかりこそ、こんな時間にどうしたんだ?」
深夜に出歩くなんて、何かあったのかと心配していたが、あっけらかんとしたひかりにガルドは戸惑う。
「ちょっと眠れなかったから、散歩してた」
「こんな夜遅くに、女性一人で出歩いたら危ないぞ。送っていく」
「……あ、そっか。こっちの世界は、出歩かないのか。ごめんね」
ひかりは、ガルドの心配そうな顔を見て気付いた。目を瞬いて、苦笑いする。
自分が思ってた以上に、気が動転してたのかもしれない。
うっかり、日本の平和な夜と混同してしまった。
「向こうの世界では、出歩いてたのか?」
「うん。私のいた国は特殊だったの。とても平和でね。夜に散歩も平気で出来たんだ」
「そうなのか。良い国だったんだな」
「ふふっ。そうだね」
少し胸が切ない。思い出さないようにしていた。
もう二度と戻れない故郷。
まさか、無意識に向こうの世界の行動を起こしてしまうとは。
ひかりは、ついと外の街を見る。
街を見ると安心する。ここの世界の一人なのだと思えるから。
大丈夫。大丈夫。
何が大丈夫なのかわからない。
それでも、ひかりは心の中で呪文のように唱えた。
「ひかり」
ガルドは優しく声をかけて、ひかりを抱きしめた。
風に当たって少し冷えたひかりの身体を包み込み、温める。安心させるように頭を撫でる。
ひかりは何も言わずに、そろそろとガルドの服を握る。
ガルドの香り、温もり。ゆっくりと目を閉じる。
絡まった糸が解けるように、心が落ち着いていった。
静かな二人だけの時間。
お互いの温もりをただ感じていた。




