振り回される人々
机には教材が何冊も広げられた。
絵本から、子供向けの教材。
大人が楽しめる小説、生活に役立ちそうな本。
ノートやペン、インクもある。
「ひかりちゃん、こちらは宰相補佐のノエル・ヴァルシュタイン侯爵令息よ。教材を選んで届けてくださったわ」
リサリアが紹介したのは、緩いウェーブがかったダークブラウンの髪を肩口で切り揃えた、赤銅色の目をした威厳のある40代の男性だった。
目には冷静な洞察力が宿り、口元の微笑みにも気品が漂っている。
「初めてお目にかかります。王城の宰相補佐を務めております。ノエル・ヴァルシュタインと申します」
「初めまして。桜ひかりです。教材を届けてくださって、ありがとうございます」
ぺこりとひかりはお辞儀をして、堂々としていて威厳のあるノエルを見上げる。
レイゼンさんもノエルさんも、王城で働いてる人たちってみんなカッコいいな。すごいなあ。
「教師の方は、選別に少し時間をかけておりますので、しばらくお待ちを。女性の教師を探しておりますので、ご安心ください」
ノエルは、そう言うとチラリとガルドの方を見た。
ガルドは、ノエルの目を見て静かに笑う。
ピクリとノエルの片眉が上がる。
昨日のガルドの行動は、王城にかなりの影響を与えた。
次期辺境伯の春と宣言されて、ひかりの後ろには、辺境伯一族という絶大な力が付いた。
他所の人間が、辺境伯の春に男性を当てがうのは御法度だ。
すぐさま、ひかりを王族関係者と結婚させて取り込む計画は中止になった。
決まっていた男性の教師も断ることになった。
この先、王城から男性をひかりに送ることは緊急以外はあり得ない。
王城では全ての予定が狂い、緊急の仕事に加え、急な変更の対応に追われ大騒ぎになっていた。
文官たちは忙殺され、まさに死にそうになっている。
ノエルも仕事に追われ寝不足で、ちょっと怒っていた。
昨日は「もっと早くに言ってくれ!」と叫んでいた。
先ほどの恋愛相談会に強制参加させられた時も、ノエルは血族の特徴にキレそうだった。
ガルドの親の代の恋模様を知っているノエルは、その時も振り回されたのでデジャブを感じていた。
ノエルはため息を吐きながら、心の中で悪態をついた。
これだからヘタレの辺境伯は!!
「ノエル様、すごい怒ってる」
「気持ちわかるけどな…」
王子の側近フェリクスとジェイドは、昨日の文官たちの惨状を知っている。ノエルが静かに怒ってるのに気付いて震えていた。
代々宰相を担うヴァルシュタイン侯爵家は、高位貴族の血族の特徴について学ぶ。
だが、長所は短所にもなることは、実際見ないとわからない。斜め上の動きをするのだコイツらは。
ヴァルシュタイン家は、その短所を知り尽くしていた。代々振り回されてきていたとも言える。
今回も、次期辺境伯はかなり妻にへタレるタイプのようだ。
なんで戦場では恐ろしいほど強いのに、妻相手にはこうなるのか。ノエルは、なるべく仲良くしてくれ…と肩を落とした。




