ごめんなさいしましょ
「あの…よろしいでしょうか?」
柔らかな声で、声を上げたのは王妃様の専属侍女レイゼン伯爵夫人だ。
明るいハシバミ色のの髪を結い上げて、優し気なアーモンドアイの上品な女性。ガルドよりもずっと年上であろう彼女は、困っている殿下と副団長を見兼ねてガルドを見る。
「団長様。ひかり様は抱き締められて、嫌がっておいでだったのですか?」
「い…やがっては…う、嫌だったよな…」
「そう仰ってましたか?嫌だと聞きましたか?」
「……聞いてない…」
レイゼンは、ガルドに優しく問いかける。
ゆっくりと落ち着いた声で、子供を宥めるような話し方をした。
レイゼンと話していくと、ガルドも少しずつ冷静になっていった。
「では、なぜ怒ってるとお思いで?」
「しつこい男は嫌いだと…」
「ガルド、それは私が書いたメモを、ひかりちゃんは読んだだけよ?」
しょんぼりと話すガルドに、リサリアは呆れて言う。
ガルドは、目を瞬いた。
「え?嫌われていない?」
「好いた殿方から抱き締められて、嫌う女性はいませんわ。ひかり様は、プロポーズをお受けしたのでしょう?」
ガルドは、レイゼンの問いかけに目を輝かせた。
そうだ…ひかりは「ガルドがいい」と言っていた。
そのすぐ後に、忘れろ聞き流せと言われたことは、綺麗に記憶から抹消されている。
レイゼンは優雅に、慈愛に満ちた聖母のような笑みをガルドに向ける。
「ひかり様とお話ししてみましょう?まずは、誠心誠意謝ればいいのです。愛してる殿方の気持ちは、きちんと受け止めてくださるはずですよ」
「は…い…」
レイゼンの後ろから後光が差して見える。
教会で女神の神託を受けたかの如く、ガルドは感動していた。
レイゼンの神託は、「謝ればいい」とアーノルドが言った助言と全く同じだが、ガルドは気付いていない。
「すごいな。さすが母上の専属侍女」
「今、彼女から反貴族派に勧誘されたら簡単に入りそうね」
「ヤバイな。チョロすぎる」
ガルドのチョロさに、アーノルドとリサリアは悩む。
レイゼンはガルドが落ち着いたのを確認してから、二人に向かってニッコリと微笑んだ。
「まあ、お二人共。そんな心配いりませんわ。わたくしは、慣れているのです。よく陛下から悩み相談を受けていたものですわ」
「は!?」
アーノルドは、衝撃を受ける。
父親の若かりし頃の恋の思い出話とか聞きたくなかった。
「ふふ…エッセン一族の血族の特徴は、王族にとても近いのですよ」
「ちょっ!嘘でしょ、知らないけど!?嫌だよ!こんな風になりたくない!」
アーノルドは心底絶望した。
「確かに王族は愛妻家っていうけど、父上はこんなヘタレじゃない!俺もいつか、こんなチョロい馬鹿になるの!?」
兄弟子に向かって酷い言い草である。ガルドのあまりの変貌ぶりに、アーノルドの動揺がすごい。
「まあ殿下、恋は人を愚かにしてしまうものですわ」
「愚か過ぎるよ!」
「おい、誰が愚か過ぎる人間だ」
「お前だよ!」
解決策を女神レイゼンから教わったので、ガルドは復活していた。
代わりにアーノルド王子が頭を抱えていた。




