ブレない心
「ひかりちゃん、おかえりなさい」
「ただいま。リサリアもおかえりなさい」
ひかりは王都で食べたので帰宅が遅く、リサリアと一緒に食堂へ行く時刻も過ぎていた。
リサリアが仕事から帰ってくる前に、先に一人で寝る準備を済ませて、布団に入って本を読んでいた。
「あら、疲れちゃった?」
「うん。ちょっとね」
リサリアは、ひかりのベッドの端に座って、優しく見つめる。
「王都で殿下に会ったって?」
「ああ、そうなの。あの人、人の話を聞かなくて怖いわ…」
ひかりはゲンナリした顔をする。
また来るだろうってガルドは言ってたけど、もう会いたくない。あの話の通じなさ、やばすぎる。
「あの腹黒王子…今度シメとこうかしら」
「リサリア、関わらない方がいいよ」
「ひかりちゃんにそこまで言わすなんて、相当ねアイツ」
「ガルドが守ってくれたから、大丈夫だよ」
学園の後輩らしいけど、リサリアの不敬発言がすごい。大丈夫かな。
「殿下の話は置いといて、王都はどうだった?」
「ガルドの従兄弟たちに会ったよ。二人とも印象と違って楽しい人だった」
「ああ、ガルドの一族は有名だからね」
「見た目詐欺?」
「プッ。そうそう。見た目詐欺」
ひかりとリサリアはクスクス笑い合った。
笑ったあと、ひかりが口を開けたが話すか迷いを見せた。
リサリアは、そんな素振りを見逃さない。
「どうしたの?」
「あの…ね。辺境伯後見でお店を建ててくれるんだって」
「そうね。私の家が後見したかったけど、ガルドの方がいいわ」
「どうして?」
「魔物や周辺国から守ってくれる辺境伯に、王家は手出しできないからよ。ひかりちゃんに手を出すのは、後見してる辺境伯家への冒涜になるの」
ひかりは、リサリアの言葉を聞いて目を伏せた。
ひかりちゃん、なんだか元気がない…?
いつも守ってあげたいと思うけど、今のひかりは随分頼りなげで、何だか迷子になった子供のようだった。
「私は…次期辺境伯の春なんだって」
「! ガルドは、やっと言ったのね」
「知ってたの?」
「そりゃ、あれだけわかりやすく好意を見せてたもの。ひかりちゃんに出会う前のガルドと今のガルドって別人みたいになってるのよ?」
「そうなの?」
「前のガルドは、滅多に笑わない、真面目で厳しくて団員に恐れられる怖ーい団長様よ」
ひかりは、そんなガルドを想像出来なかった。
いつも優しくて、安心させてくれるガルドしか知らない。
私に会って変わった。
私は…ガルドに会って変わった?
ーーーーわからない。
リサリアは、ひかりが落ち込んでいくのがわかって狼狽えた。
ガルドの振る舞いを、明らかに彼女は喜んでいない。
え?もしかして、ガルドは振られた?
ひかりちゃんは困ってる?好きじゃない?
「い、嫌だった?」
「…ううん。そうじゃない。そうじゃなくて…わからないの」
恐る恐る聞いたリサリアに、ひかりは力なく首を横に振る。悲しそうに呟いた。
「わからない?」
「どうして結婚したいほど、特別に好きになれるの?どうやって気付けるの?自分が誰かと結婚する人生なんて無いと思ってたし、わからないよ」
「え…こんなに可愛いのに?」
いつも「可愛い」と構うリサリアの反応に、ひかりは困ったように笑った。
「私は可愛くないよ?向こうの世界じゃ、そんなこと言われたことなかった。私は、恋愛対象に見られたこともなかった」
ひかりの言葉が、静かに部屋に響いた。
「……嘘でしょ?それ周りがおかしかったのよ」
リサリアは、意味がわからないと少し怒っていた。
ひかりちゃんが可愛くない?あり得ないわ。
「向こうの世界では、私は小さくないの。ずっと背が高い方だった。華奢じゃないし、守られるより守る側だった。私が選ばれるなんて無いよ。
……だから、私も誰にも恋愛感情を持ったことない。
リサリアだって、私がリサリアより大きかったら、可愛いなんて言わないでしょ?」
「え…私より大きいひかりちゃん?」
想像してみた。
私より背が高いひかりちゃん。
……………。
「え?可愛いわよ?」
「リサリアは、私を好き過ぎじゃない?大丈夫?」
キッパリと言い切ったリサリアに、ひかりは嬉しさより不安が強くなった。
この世界は異世界人に、無条件で好感情を持つ病気でもあるんだろうか。マジで大丈夫?




