そういう一族
ひかりとガルドは、少し歩いた所にあるカフェに入った。
シックな建物で、店先には小さな花壇があって背の高い白や黄色の花が咲いている。テラス席もあった。
平民が気軽に入る店というより、少しかしこまった雰囲気がした。
中に入っても、ガルドは握った手を離さなかった。
「いらっしゃいませ。あら?若様」
紺色のスーツドレスにダークブロンドの髪をキチンと結い上げた美しく上品な女性が、にこやかに迎えて来た。
「上の階は空いてるか?なかったら、奥の席で」
「今日は予約がありませんわ。2階へどうぞ」
ガルドを若様と呼ぶ上に、手を繋いでいるひかりを見てもすぐに何事もなく笑顔で接客をする。ここは、かなり接客マナーがしっかりしてるお店のようだ。
階段を上がると、落ち着いたソファの席と大きなテーブル席が一つずつあった。
ソファ席は窓側に配置され、寛げる空間になっていた。
「ここは親族がやっている店だ。2階は予約席だから、誰も来ない。安心していい」
ガルドはスルリと握っていたひかりの手を離した。
あ…。
離れた手が少し名残惜しく、ひかりはつい目で追ってしまう。
程なくして、先程の女性が注文をとりに来た。
「若様、丁度新作のケーキがあるのですけど如何ですか?」
「ああ、ではそれと紅茶を二人分頼む」
「かしこまりました」
お辞儀の仕方も優美で、ひかりは感嘆のため息を吐く。
「綺麗な人。ガルドの親戚の人たちはみんな動きがスマートだね」
「え?マークも入ってるのか?」
「黙ってればそうだよ」
腹抱えて笑ってる姿を何度も見てるので、微妙な褒め方にしかならない。
「そういえば、ガルドは殿下相手にすごい口の聞き方してたけど大丈夫なの?」
不敬にしか見えない態度をガルドは取っていた。アーノルド王子は気にしてないようだったけど、いいのかな。
「殿下は、剣術の弟弟子なんだ。子供の頃は二人とも俺の祖父に剣術を習っててな。小さい頃は兄弟のように接してたんだ。だから大丈夫」
「そうなんだ」
「アイツは、表じゃ煌びやかな王子様を装ってるけど、裏は自分が納得するまでしつこい腹黒だから。よく叱ってるんだ」
「今も?」
「今も」
あのしつこさはそういう事か。ひかりはゲンナリする。
「お待たせしました」
先ほどの女性がケーキと紅茶を持ってきた。
クリームとフルーツが綺麗に飾られたタルトを見て、ひかりは目を輝かす。
「わあ、美味しそう」
「どうぞ、ごゆっくりお寛ぎください」
「ああ、ジーナ。紹介する。こちらはひかり。今後辺境伯が後見で砦に小さな店を開く。ひかり、こちらはジーナ・マグリーン子爵夫人。俺の叔母の娘、従兄弟だ」
「まあ、辺境伯後見ですか?」
ジーナは少し驚いた表情をした。手を繋いで入って来た時点で恋人かしらと思ったが、それ以上の関係のようだ。
名前しかないということは平民だろうか?
「ああ。詳しいことは書状が届くから、確認してくれ。彼女に何かあった時には手を貸してやってほしい」
ジーナの頬がぴくりと動く。
嫁いだ私にも書状が届く。一族への通達だ。
彼女は…すでに若様の?
「かしこまりました。ひかりさん、ジーナとお呼びください。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ジーナさん」
笑顔で優美な礼を取るジーナに、ひかりは頬を赤らめながらお辞儀をした。
可愛らしい態度のひかりに、ジーナはふふっと微笑んだ。
「やるじゃない、若様。こんな可愛い子隠してたの?」
「その呼び方止めてくれ」
「え?」
「ゆっくりしていってね。ひかりちゃん」
「あれ?」
優美な貴婦人から、親しみやすいお姉様になっていた。マークと同じ印象を受ける。
ヒラっと手を振って、下の階へ降りて行くジーナをひかりは戸惑いながら見ていた。
「…ひかり、うちの一族にお淑やかな人間はいないぞ」
「へ?」
「あの人も俺を学園で若様呼びしてた一味だ」
「ジーナさんが?」
「うちは父上を筆頭に見た目詐欺と言われてる。殿下の性格も、辺境伯一族に染まったからだと王妃殿下が怒ってたよ…」
「あ、あはは…」
親戚一同が若様と呼んでいるのは、見目の良さもあるがガルドが一族の中で珍しく、裏表がない真っ直ぐな子供のまま育ったからだ。アーノルド王子が懐いているのも、その為だ。
勿論、従兄弟達は誰もガルドに教えていなかった。




