ヒナの巣立ち
「そ、そんな!?何故?砦で暮らすなら、この部屋を出る必要ないじゃない!ここで暮らしましょう?」
リサリアは動揺し、ひかりの両手を取ると懇願するように見つめてくる。
「リサリアさん、私に構ってるせいで仕事溜まってますよね?」
「っ!? 何故それを?」
ぎくりとリサリアは焦る。
ひかりは食堂で食事を運んでる時に、リサリアが文官と話しているのを見かけた。
「副団長、困りますよ。いくつも書類の期日が過ぎてます」
「ああ、後で出すわ」
あれ?リサリアさん、副団長の仕事はいつしてるの?ずっと一緒にいるよね?
え…まさか?
「私がそばにいたら、リサリアさんは副団長のお仕事が出来ませんよね?」
リサリアは、明らかに狼狽えた。
「私はひかりちゃんの専属護衛だから、仕事してるわよ?」
「副団長のお仕事しましょうよ。護衛が必要なら、別の方を選んでください」
「そ……そんな…!」
「私のせいで、リサリアさんの評価が下がるのは嫌ですし、周りの皆さんが困るのも悲しいです」
「う、ううっ。でもでも!何も別で暮らさなくても良いじゃない?副団長の仕事はするから、この部屋にいましょうよ!」
ひかりは困ったように笑う。
「リサリアさん、私はなるべく早く自立したいと思っています。何が起きても、自分の足で立てるようになっておきたい。私はもう28歳なんです。
全てを守られる時代は過ぎているんです」
もし、リサリアさんの保護に胡座をかいて過ごすとして、2年経っただけでもう30歳だ。
リサリアさんが結婚したら?出産して引退したら?
私はどうやって生きるの?
こんなに綺麗なリサリアさんだ。もしかしたら、来年結婚するかもしれない。
人生、何が起きるのかわからないんだ。
自立!大事!
「ううう…ひかりちゃんが巣立っていく…」
「子供の自立は、喜んで見送る事ですよ。ママ」
リサリアのどんな言葉にも揺るがず微笑むひかりは、少女ではなく年上の女性にしか見えなかった。
「明日、ガルドさんにも話しますね。」
「…ええ。わかったわ…」
ひかりちゃんの人生の邪魔をしたいわけじゃない。リサリアは、これ以上ワガママを通すわけにいかないと頷いた。
ーー夜、寝静まった部屋。
ベッドに横になったリサリアは、隣の簡易ベッドで眠るひかりをチラリと見た。
「異世界に戻れないとわかったことで、ひかりが情緒不安定になるかもしれない」
執務室でガルドから聞いた後、部屋にひかりちゃんがいなかった時は、心臓が止まるかと思った。
だけど、真実を知ったひかりちゃんは、既に全てを受け入れていた。前に進もうと考えていた。
リサリアは、私が守るべきか弱い女性だと先入観を持っていた。
ひかりは、芯のある強い女性だったのだ。
「本当に…見た目とは全然違うのね。ひかりちゃん。」
不思議な人…と小さく息を吐いて、リサリアも目を瞑った。




