ママの抱擁
謁見の間を出ると、リサリアが遠慮がちに声を掛けた。
「ひかりちゃん…」
泣いたり笑ったりして、ようやく心を開いてきてくれていたと思っていた。
それでも、彼女の奥底の嘆きに気づけなかった自分に悔やんだ。
ーーー異世界人は、他の世界に再び消えたことはありましたか?
あの言葉を聞いた時に、彼女の「帰りたい」と切実な思いが確かに聞こえた気がした。
それと同時に、静かに陛下の言葉を受け入れた彼女の傍観も見てしまった。
私たちに聞かなかったのは、諦めていたから。
そうでなければ、あんな風に静かに受け入れられるはずがない。
ひかりが大きなため息をついたので、リサリアはビクリと肩を跳ねさせた。
「はぁ…リサリアさん、これで終わりですよね?」
くるりとリサリアの方を向いて話すひかりは、いつもと変わらない穏やかな表情だった。
「え、ええ。あ、宰相閣下と今後の暮らしについて話し合いが残っているわね」
「うう、そうでした。あ、あの…。私、騎士団にまだいてもいいんでしょうか?」
おずおずと尋ねるひかりに、リサリアの目からブワッと涙が溢れた。
「いいに決まってるじゃない!いなきゃイヤよ!ひかりちゃんは、私と一緒に暮らすのよ!」
ひかりをぎゅうと抱きしめて、おいおいリサリアは泣いた。
まるで、リサリアがひかりの代わりに泣いてるようだった。
「あ、ありがとうございます。リサリアさん。……苦しい…ぐるじいでず。ずどっぶ!ぶぐうう!」
「こらー!!副団長、落ち着かんか!」
そこへ宰相が現れ、慌ててリサリアを引き剥がした。
「ご、ごめんなさい、ひかりちゃん…。居なくなっちゃうかもって思ったら、寂し過ぎて」
「だ、大丈夫です…」
グスグスと涙を拭くリサリアから、ゼエゼエと息をしながら少し離れるひかり。
「宰相閣下!ひかりちゃんは、騎士団の砦で私と一緒に暮らしますわ。絶対に幸せにいたしますから、ご安心くださいませ!」
涙をにじませながら、ひかりの背にそっと手を置くリサリア。ひかりは、また抱き潰されるのではとビクッと肩をすくめた。
「はあ…。ひかり嬢、それで良いのですかな?」
「はい」
「本当に本心ですかな?副団長に遠慮せず、言うのですよ」
さきほどの羽交い締めを思い出し、胡乱な視線をリサリアに送る宰相。
「あ、あはは…大丈夫です。引き続き、砦にお世話になりたいです」
ひかりは苦笑しつつ、頷いた。




