二人の守護者
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます…」
リサリアが、泣き腫らした顔のひかりに、濡れタオルと水の入ったコップを渡した。
ひかりはこくりと水を飲んだ後、タオルで目元を冷やした。タオルで目を隠したまま、話し出す。
2人の顔を見られなかった。
「…さっきの話、私の勘違いかもしれません。ただの妄想だと思います。
でも…想像が付くんです。どうやったのか…」
ひかりの小さな呟きに、2人は息を呑んだ。
「専門的な知識はないから、どうやってそれを作ったのかはわかりません。
でも…どうしてそうなったのかは、説明が出来ます」
「ーーーどうしてか、教えてくれるのか?」
ひかりはグッと唇を噛んだ後、震えるように言葉を吐いた。
「川に毒を流したんだと思います。
土も木も汚染させて、人にも動物にも毒が回るように。環境を破壊して、無差別に人を殺して滅ぼしたんです。
医学が発達していないなら、謎の病としてどうにもできなかったはずです…」
おとぎ話のような一節だけで、ひかりはあっさり真実を見抜いた。
スラスラと話すひかりに、2人は静かに驚いていた。
「私の世界にも戦争はありました。一瞬で、一つの国を壊滅する技術がありました。
私にはそんな物を作る知識はないけれど、剣を使わずに別のもので殺し合う戦争を知っています」
一瞬で国を壊滅させる技術ーーひかりの世界の壮絶な戦争規模に、ガルドたちは呆然とした。
そんな知識を授けられたら、この国は一体どうなってしまうのか、想像もつかない。
「私は…話したくないです」
ひかりの肩が震え出す。
「便利な発明が、戦争に使われた歴史を知っています。いろんな技術の奪い合いも起きていました。
発展しすぎた技術に、人が振り回されてもいました」
涙が止まらない。
「私の話の、何が破滅に行くのかわからないんです……気のせいならそれでいいんです。でも、違ったら……耐えられない……」
ひかりは、声を殺しながら泣いた。
ガルドとリサリアには、ひかりが怯えているのがわかった。
戦を招くかもしれない知識、人を殺す道具を生み出すかもしれない恐怖に震えている。
ひかりは、荒事には近づけてはならない。
ーー二人は強く決意を固めた。
無理に引き込めば、その優しい心が壊れてしまうだろう。
「ひかり。この話は、俺たちの中だけにしておこう」
「あなたの世界の戦争は、この世界とはかけ離れすぎてるわ。無理に話さなくて良いって言われてるんだもの、大丈夫よ。
何か求められたら、3人で考えましょう」
「ごめんなさい……ありがとうございます……」
グスッと涙を拭いて、ひかりは2人を見た。
リサリアは、潤んだ瞳でひかりを抱きしめた。
誰も傷付けたくないと、こんなに苦しんでいるのに、王の命令に背く私たちを案じてくれている。
ひかりの優しさに胸が締め付けられた。
泣き疲れたひかりをベッドに横たえると、すぐにウトウトとまどろみ始めた。
リサリアとガルドは、そっと部屋を出る。
ガルドの執務室に戻り、2人は難しい顔でテーブルに向かい合っていた。
「ひかりちゃんの警戒心はわかるわ。ただの平民に話すのと、国の中枢に話すのは、意味が違うもの」
「ああ。ひかりの言葉を、いろんな第一人者が研究するだろうな」
「小さな話がどこまで育ってしまうかわからないって、ひかりちゃんは気付いてるのね」
「ひかりは、言葉の責任の重さをわかっているな…。だから、あんなに恐れているんだろう。
それに、自由と保護を謳っているが、王家がどんな手段を取るか……」
迂闊に話せば、王家はすぐにひかりを取り込もうと画策するだろう。
リサリアは両手をギュッと握りしめて、瞳に決意を込めた。
「……守ってあげましょうね」
ひかりが小さな肩を震わせながら、声を殺して泣いている姿を思い出す。
「……ああ。ひかりは、絶対に守る」
あんな涙を二度と流させない。
何があっても、彼女を守ろう。




